研究課題
本研究は、インフルエンザ感染に対して、有効性・安全性・汎用性・持続性を併せ持つ新たな治療法を開発することを目的としている。治療には、2種類の糖鎖抗原、シアル酸 (SA)およびα-ガラクトース(GAL)を発現するリポソームの吸入処置を用いる。リポソームに発現するSAはインフルエンザウイルスの受容体であるため、ウイルスをリポソームに吸着させる。一方、GALに対してはヒトが大量の自然抗体を保有することから、それら抗体がリポソームに吸着する。以上2種類の反応の結果、リポソームにウイルスと抗体の両者が結合した免疫複合体が形成される。その結果、1) 感染ウイルス量を減らす、2)オプソニン効果によりウイルスに対する免疫応答を速やかに誘導する、以上2点が期待される。従来、SAを発現させた担体を利用して、インフルエンザウイルスを吸着・中和しようとする研究が行われてきたが、十分な効果は報告されていない。本研究の大きな特徴は、もう一つの糖鎖としてGALを用いる点である。リポソームは、毒性および抗原性が低いことから吸入剤薬物輸送システムとして既に用いられている。本研究では、この安全性の高いリポソームを活用して、誰でも安全に自分で実施できる治療法の開発を目指している。2年間の本研究実施期間に、動物の赤血球から作製したリポソームを用いて、マウス感染実験で安全性および治療効果について検証する。インフルエンザウイルスを感染させたマウスに1) GALのみ発現、2) SAのみ発現、3) GALおよびSAを発現、以上3種類のリポソームを吸入させ、病態の進行について対照群と比較検証する。本研究では、ヒト同様にGALに対する抗体を産生する実験動物が必要であり、唯一その条件を満たす小型実験動物であるGAL生成酵素遺伝子のノックアウトマウス(GALノックアウトマウス)を用いて研究を進めている。
2: おおむね順調に進展している
これまで、ヒトおよびウサギの赤血球から作製したリポソームを用いた実験を行なっている。ヒト赤血球由来リポソームにはSAは発現するがGALは発現しない。ヒトにはGALの生成酵素がないためである。一方、ウサギはGAL生成酵素を保有しており、以前の研究で、ウサギの赤血球にはGALが豊富に発現しSAの発現は少ないことを見出している。したがって、暫定的にウサギ由来リポソームをGALリポソーム、ヒト由来リポソームをSAリポソームとし、これらを混合してGAL/SAリポソームを作製した。GAL/SAリポソームは、GALとSAの量比を10:1または1:1で混合して2種類作製した。各リポソームを生理食塩水に一定濃度に懸濁してリポソーム液を準備した。実験動物としては、GALに対する抗体を保有するGALノックアウトマウスを用いた。まず、マウスにおけるリポソーム投与の安全性を確認するため、簡易吸入器を用いてリポソーム液を鼻から吸入させる処置を繰り返し行い、症状観察を行った。その結果、相当量のリポソームを頻回吸入させても症状を示すことはなく、肺に肉眼的な異常が認められないことを確認した。そこで次に治療効果について検討するために、GALノックアウトマウスへヒトインフルエンザウイルスPR8株を感染させ、リポソーム液吸入による処置を繰り返し行った。その後14日間、症状観察と体重測定を行った。その結果、リポソームを投与しない対照群の致死率が80%に達した一方、GAL/SA(10:1)リポソームおよびGAL/SA(1:1)リポソームを投与した群の致死率は、それぞれ20%および40%であり、致死率の低下が観察された。再現性の確認や実験条件を変えた検証が求められるが、期待通りにGAL/SAリポソーム吸入が安全性高いインフルエンザ治療法となる可能性を示す結果だと考えられた。
昨年度の実験結果をもとに、GAL/SAリポソームのインフルエンザに対する安全性と治療効果についてさらに検証を進める。GAL/SA(10:1)リポソームとGAL/SA(1:1)リポソームによる治療効果に差があるのか否かを見極めるとともに、最も高い治療効果を示すリポソームの性状や組成を探索する。安全性についても十分な検証を行う。さらに、治療効果が観察される条件下におけるGALとSAの果たしている役割について確認を行う。また、鳥インフルエンザウイルス感染に対する効果も検証する。具体的な方法について以下に述べる。1)治療効果の検証: 引き続きGALノックアウトマウスを用いた感染実験を行いGAL/SAリポソームを吸入投与し、治療効果を検証する。治療効果があると判断された条件下で、経日的にマウスを安楽殺して肺を摘出し、感染ウイルス量およびウイルス遺伝子量を定量する。炎症性サイトカイン遺伝子の定量も行い、炎症の程度も評価する。組織の病理学検査も行う。感染回復期に血液を採取して血清中の抗体価を測定し、感染の程度を推定する。2)治療用GAL/SAリポソームの性状の最適化: GALリポソームとSAリポソームの量比を様々に変えて実験を行い、安全性と効果を検証する。大きさの異なるリポソームも作製し、治療効果を検討する。3)鳥の赤血球由来のリポソームを作製し、鳥インフルエザウイルス感染に対する治療効果の検証を行う。4)GAL/SAリポソームの治療効果における役割の確認: GAL/SAリポソームによる治療効果が、SAとGALの共存に寄与することを確認するため、GALリポソーム、SAリポソーム、GAL/SAリポソーム、それぞれの投与による病態の変化と免疫応答の違いについて精査する。5)得られた成果をまとめて発表するとともに、更なる研究の展開のために資金獲得に努める。
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 3件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 4件)
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