研究課題
前帯状回は、情動の形成に重要な役割を果たす大脳皮質であり、不安に関与することがヒトイメージングで明らかになっている。その一方、シナプスレベルでの解明は不明な点が多い。我々は、前帯状回におけるシナプスの長期可塑性、特に興奮性シナプスの神経終末における長期増強が不安様行動に重要であることをこれまでに明らかにしてきた。中でも、慢性疼痛モデルマウスは、不安様行動を惹起することが示されている。慢性疼痛の持続的な痛み入力と不安を含めた負の情動は相互に作用しているため、痛みの感覚と負の情動はそれぞれ複雑に働く問題がある。次の疑問は、痛みが急性期から慢性期に進行して維持される時期と不安様行動が憎悪していく時間的な関係をシナプスレベルで明らかにすることである。従って、本年度の研究は、前帯状回のシナプス前長期増強の形成を慢性炎症モデル作製後の初期と中期、神経損傷モデルの中期と後期のそれぞれの時期で調べることを本研究の目的とした。実験には、完全フロインドアジュバンドをマウスの左後肢に投与した炎症性モデルの初期と中期、そして、総腓骨神経を結紮した神経損傷モデルの中期と後期を用いた。各モデルの各時期において前帯状回の興奮性シナプス前終末の長期増強の形成を調べるために、脳スライス標本からホールセルパッチクランプ記録を行った。その結果、慢性炎症性の初期では、長期増強は観察されなかった。一方、慢性炎症の中期では、長期増強が形成された。神経損傷モデルの中期は、長期増強が認められなかったが、後期は長期増強が形成された。さらに、長期増強の仕組みを調べると、各モデルで長期増強が発生するメカニズムが異なることが分かってきた。以上の結果は、種類の異なる疼痛モデルは時期に応じて異なるシナプス可塑性を前帯状回において形成する可能性を示しており、このシナプス可塑性が、不安様行動の増悪と関係があると推測している。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究で明らかとなった「前帯状回のシナプス前終末における長期増強の形成は、種類の異なる疼痛モデルとその経過時期に依存する。そして、長期増強を形成するメカニズムは時期によって異なる。」は、当初の予想に反した結果であった。なぜなら、疼痛学研究で広く用いられる完全フロインドアジュバンドの投与による炎症モデルと末梢神経の神経損傷による疼痛モデルは、両モデルとも慢性疼痛モデルとして広く知られているからである。本研究の結果から、種類の異なる疼痛モデルにおける、前帯状回のシナプス前長期増強の形成が異なる仕組みが明らかになると、侵害刺激から痛みが慢性化していく過程において、不安が憎悪していく過程が分かる。また、慢性疼痛の時期に特異的な不安の仕組みが前帯状回長期可塑性の観点から明らかになっていくと考える。
本年度までの研究から、前帯状回の興奮性シナプス前終末における長期可塑性の形成は、慢性疼痛モデルの種類とその経過時期に依存する。そしてこの長期可塑性のメカニズムが時期によって異なることが明らかになってきた。今後は、この長期可塑性が形成されるメカニズムが、各疼痛モデルの種類と時期によって異なる仕組みをシナプスレベルで明らかにしていく。特に、シナプス長期可塑性の形成とpaired pulse ratioの違い、そして興奮性シナプス伝達のシグナリングに着目して研究を進める。
すべて 2019 2018
すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
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