動物をとりまく環境が、その生存や健康に大きな影響を及ぼすことは広く知られており、環境問題は現代社会の中でも特に高い関心を集めている。従来、健康面や安全面から環境を評価する尺度としては、環境の中に存在する有害物質や放射線の量など、〈物質〉と〈エネルギー〉が専ら使われてきた。しかし、環境が特に脳神経系に及ぼす影響を評価するためには、〈物質〉と〈エネルギー〉に加えて〈情報〉という尺度を欠くことができない。 一方、動物の生育環境の情報を豊かにすること(情報環境エンリッチメント)は、脳機能の発達の促進や疾病の予防など、動物の生存にポジティブな効果をもたらすことが報告されている。しかし従来の実験動物を用いた環境エンリッチメント研究では、飼育スペース、個体間コミュニケーション、玩具の存在など複合的な要因が作用するため、その背景にある生物学的機序を同定することが困難である。本研究では、齧歯類モデル動物を用いて、複雑に変化する超高周波振動を豊富に含む音情報を印加した情報環境エンリッチメントが健康に及ぼす効果を明らかにし、情報環境エンリッチメントの医学応用の基盤となる作用機序の生物学的解明を目的とした。本研究の最大の成果として、マウスに自然環境音を聴かせながら飼育することによって、平均寿命が最大17%延長することを世界で初めて発見し論文発表した。この発見は、情報環境の中でも生命に常に接し続けている音環境を豊かにすることが、平均寿命の延長という動物の生存に対して包括的かつポジティブな影響を及ぼすことを世界で初めて示したものであり、人間をとりまく音環境や視聴覚情報、コミュニケーション情報などを含む〈情報環境〉の安全性や快適性を考える上で重要な知見を提供すると同時に、情報環境の改善によって精神・神経疾患に迫る新しい治療法「情報環境医療」の開発に寄与することが期待される。
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