研究実績の概要 |
人工物の「質感や操作感」は,人工物が正しく安全に,また,快適に利用できるかどうか,さらに,人工物に対する好き嫌いなどを大きく左右する重要な要素である.この問題に対し,本研究では,外部に現れる力・トルクなどの力学的な量に加え,動作とにおける筋活動を計測することによって,「期待・予測」によって起こる「質感・操作感の変容」に関する生理学的な指標を与え,定量的な議論ができるようにモデル化することを目的とする. 平成29年度は以下のような取り組みを行った. (a) 力覚呈示デバイスとCGインタフェースを用い,被験者にCG画面を見せながら力覚を与え,目的に合致する動作を行ってもらう際の筋活動および外部に発生する力を同期して計測するシステムを設計・実装した.これにより,被験者が危険のない状態で自然な動作を行う際の詳細な筋活動を計測することを可能にした. (b) 実装したデバイスにより,上腕(上腕二頭筋の長頭・短頭,上腕三頭筋の長頭・外側頭・内側頭,肘筋,腕橈骨筋の)の筋電位を計測し,典型的な筋活動が安定に現れる条件や得られた結果の特徴の解析を行ってきた.例えば,摩擦がある床の上で所定の速度で物体を押すような場合に,摩擦の大きさ,物体の重さ,床の傾き,物体の不安定さ(床のテクスチャ)等を変えることによる筋活動を計測してきた. (c) 他の方法では限定的にしか計測できなかった,主動筋と協働筋の協調状態,主動筋と拮抗筋の拮抗状態等がかなり安定に計測できることを確認した.現在は,それぞれの筋の賦活の大きさやその相関解析,また,より詳細なコヒーレンス解析などを運動の生理学モデルに当てはめながら行っている状況である. これらの知見に関して30年度前半に対外発表を行う予定である.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,以下の取り組みを段階的に進めていくことを予定している.まず,(1)利用者を観測して人工物に対して「予測・期待」する内容を筋活動から読み取る方法論,次に,(2)人工物が「予測・期待」に合致する,またはそれに相反する動作をするための設計論,さらにその効果を確認し,高めるための,(3)感じた「質感・操作感」によって利用者が起こす反応を筋活動から観測する方法論,を対象とする. 上記研究実績の項で述べた(a), (b)は(1)と(3)のための基礎的な技術であり,種々の期待や予測を持たせる情報やヒントを与えた場合とそうでない場合の複数の筋肉の活動を計測し, 期待・予測により筋シナジーのパターンが変化する状態をモデル化するためのものである.このためには,リアルタイムの詳細な計測やそれに応じたデバイス側の反応が必要となるため,これまで,システムの設計や動作の設定に手間がかかっていたが,(1)についてはようやくその目処がたった状況である.(3)については,より精密な計測が必要となるため,外部雑音や身体動作に起因する他の信号などからの分離が今後の課題となっている. さらに,(a)は(2),(3)のために,様々な力覚的刺激,視覚的刺激を与えるためのデバイス設計である.肘の屈曲・伸展のように,動きの自由度が少なく,力が10N程度までのものならば,現在のシステムで種々の刺激を与えられる.今後様々な実験を行いながら,「予測・期待」と「筋活動」,及び,「システム設計」との関係を確認していく予定である.
|
今後の研究の推進方策 |
平成29年度に引き続き,様々な人工物やそれを利用する方法を想定した実験を行い,データを集めるとともに,得られたデータを基にした質感・操作感のモデル化を進める. (d) データ取得をよりシステマティックに進める.押す・引く,上げる・下げる等の基本的なものから,取り合う・押し付けあう,触る・なぞるのように複雑なものまで,様々な力学的インタラクションを設定する.また,機械側の外観をロボットや動物のような生物的なものから無機質なものまで設定し,様々な予想や期待を被験者に与える. (e) 得られたデータを基に,筋活動や筋の協調関係(筋シナジー)と質感の相互関係をモデル化する.つまり,期待・予測と筋活動と筋シナジーから,質感・操作感へのマッピングについて,パターン認識としての推定方法を検討し,それが可能であることを実証的に示すことを試みる.同時に,筋活動と筋シナジーから,被験者の期待・予測を推定する方法を検討する. (f) 対象の属性をリアルタイムに変える実験環境を構築し,期待・予測に応じて操作対象を実時間に変化させる.これを用い,被験者に事前情報を与えない状態で,期待・予測に大きく反する属性を与えたり,期待から少しずれた属性をランダムに与えたりしながら,質感・操作感の変容を確認し,それを解析する. これらの実験を行いながら,「予測・期待」と「質感・操作感」との関係を解析するためのデータを収集し,ごく簡単な課題に対して,質感・操作感のモデル化が可能であることを確認していく.
|