研究課題
本来の研究計画では,2020年度にはスイス,ジュネーブにある海外共同研究者の所属機関(スイス連邦工科大学ローザンヌ校:EPFL)に短期渡航を何度か行い,現地の認知神経科学研究者とともにヒトの身体認知やPresence Hallucination(PH:誰もいない空間で背後に「誰かの存在」を認知する体験で,パーキンソン病患者などでよく報告される症状)に関わる心理学行動実験および認知神経科学研究を共同で実施するはずであったが,新型コロナウイルスの世界的大流行のため,これらの予定をすべてキャンセルせざるを得なくなった.そこで,2020年度はこれまでの国際共同研究で得られた研究成果をまとめる作業を主として行った.具体的には,ヒトの幻覚体験に関する2つの学際研究の成果について論文化を行った.1つ目の研究成果はPHの脳内メカニズムに関わるもので,基課題で開発したMRI対応PH実験システムを用いて健常者でPHおよび受動性体験(passivity experience)を生じさせた際の脳活動を計測し,PHを報告する神経疾患患者にlesion network mappingを適用して両グループを比較することで共通のPHネットワークの発見に成功した.2つ目の研究成果は,思考吹入(thought insertion:「自分の考えが外部から吹き込まれたものである」という体験で,統合失調症患者などで度々報告される思考障害の1つ)の実験的操作に関するもので,健常者で思考吹入のメカニズムを調査するための方法論をPH実験システムを基盤として創出した.これらの研究成果で,2020年度中に2本の国際共著論文を公表している.
2: おおむね順調に進展している
これまでの進捗状況として,2018年度から2019年度にかけてEPFLにある海外共同研究者の研究室に1年間滞在し,基課題で開発したPH実験システムを用いて,ヒトの身体認知に関わる心理学行動実験と認知神経科学実験を現地の認知神経科学者と共同で実施してきた.またEPFL滞在中には,本研究課題を基礎とした新たな国際共同研究プロジェクトを提案したり,現地の博士課程の学生の研究指導を行うなど,本研究課題のさらなる発展にも努めてきた.2020年度は短期渡航を何度か行いながら,EPFLでヒトの身体感覚やPHに関するさらなる認知神経科学実験を行う予定であったが,新型コロナウイルスの世界的大流行により渡航先研究機関がロックダウンしてしまい,本研究課題に関わる全ての実験がキャンセル・延期となってしまったため,研究期間の延長申請を行うこととなった.しかしながら,実験の実施が延期となった期間にZoomなどを活用して遠隔で議論を進め,2019年度までに得られたいくつかの研究成果をまとめて2本の国際共著論文を公表することができた.以上のことから,本研究課題のさらなる発展のために研究期間の延長申請は行ったものの,全体としては研究計画に沿って本研究課題はおおむね順調に進展しているものと考える.
まだしばらくの間,新型コロナウイルスの世界的大流行は続くものと思われるので,2021年度もEPFLでの実験の実施は困難であるものと考える.そこで今後の研究の推進方法策として,日本国内での研究推進にシフトすることを計画する.具体的には,EPFL滞在中に提案した新規国際共同研究プロジェクトの具現化を行う.現在,ロボティクス・ハプティクス技術を用いた力覚的介入によるPH体験の実験的操作や複数人で同じPH体験をさせる研究などを海外共同研究者とともに議論・準備しており,それらを実現するための新規実験システムの開発に主眼を置く.引き続きZoomなどを活用して海外共同研究者と定期的にプロジェクトに関する議論を行い,実験システムの仕様や性能などを決定して,その試作と基本性能の評価を日本国内で行うことを計画する.また,試作実験システムを海外共同研究者のもとに郵送し,可能であればその実験システムのPH体験の実験的操作に対する有効性の確認やパイロット実験を遠隔で行うことも考える.また2020年度と同様に,これまでに得られた実験結果・研究成果をまとめて論文化し,国際共著論文をインパクトの高い国際学術雑誌で公表することを目指す.
すべて 2021 2020
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (1件)
iScience
巻: 24 ページ: 101955
10.1016/j.isci.2020.101955
Schizophrenia Bulletin
巻: 46 ページ: S90-S91
10.1093/schbul/sbaa031.209