本年度は、マレーシアのムスリム女性起業家への調査を実施した。具体的には、2024年3月に、19名のマレー系女性をを対象とし、1対1での半構造化インタビューをおこなった。そこで、ムスリム女性であることと、高い教育を受け、自律的な生活をおこなう近代的女性モデルをめぐる社会的期待との間に、いかなる葛藤を抱いているのか(あるいは抱いていないのか)について検討した。その結果として、彼女たちは、一方でムスリムであることと近代的価値(e.g. 経済的自立、高い教育)を両立するものとしてとらえるが、他方で、子どもをもつことで家庭役割との同一化が高まり、それがタイム・マネジメント(=子育てや家族役割の遂行)を容易とする起業へと動機づける点がわかった。また、彼女たちの高い学歴や企業でのキャリア、女性同士のネットワーク組織、コロナ下での雇用不安や情報化の進展が、彼女たちの起業を後押ししていることが明らかとなった。 本研究は、近代化とイスラーム化がともに進行するマレーシア社会において、その両者に強い影響を受けるマレー系の中産階級ムスリム女性の主体性の解明を目指すものである。調査では、大学教員、大学生、起業家女性への質的調査(インタビュー、フォーカス・グループ)を通じて、ジェンダー意識および社会参加のなかで行使されるエージェンシーのあり方へとアプローチした。その結果、マレー系の女性は、近代的な社会的期待(e.g. 教育や労働)を自明なものとしてとらえ、また女性であることがそのために優位性をもたらすと考えている。その一方で、宗教的視点から、女性がリーダーシップ的役割に就くことへのためらいや、家庭役割を強調する傾向にあった。こうした態度は、必ずしも社会参加から彼女たちを遠ざけるものではないが、イスラーム化と近代化を背景とした家庭役割と経済的役割という二重の役割を女性たちに強いる構造の存在を示唆している。
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