近年、人間社会を特徴づける社会的規範の存在を説明するために、文化的集団淘汰という理論的枠組が登場した。だがこの理論体系は、その妥当性を検証する実証研究が少なく、またその抽象度の高さによって、誤って理論が解釈されることも多い。本研究では、 大規模集団実験を通して文化的集団淘汰という理論的枠組の妥当性を検証することを目的とした。文化的集団淘汰における最も重要なプロセスは、集団間の競争である。集団間分散が集団内分散に比して十分に大きい場合、集団間競争と総称されるプロセスによって、集団に利益をもたらす形質がポピュレーションの中に拡散していく。最終年度である本年は、これまでに実施した大規模集団実験の追試を行い、知見の頑健性を検証した。そして文化的集団淘汰という動的なプロセスが理論通りに人間の集団においても機能することを改めて確認した。さらに集団に利益をもたらす戦略がポピュレーションの中で拡散する原動力として、個人学習と社会学習の組み合わせが必要であることを確認できた。特に重要な成果は、集団間での致死的な闘争がなくても、利得バイアスを持つ社会学習によって文化的集団淘汰のプロセスが駆動することを確認した点にある。協力の進化を説明する上で、文化的集団淘汰が導入されて以来、集団間競争とは集団間での致死的な闘争を指す概念であり、文化的集団淘汰に必要不可欠なプロセスであるとの認識が広まっている。だが理論モデルにおいては、利得に基づく移住や模倣によっても、集団に利益をもたらす形質が進化する可能性が示されていた。戦争がない平和な状況においても、文化的集団淘汰が駆動することを実証的に検証した点は、本研究の大きな成果だと考えられる。
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