固体中のフォノンどうしが相互作用することによってあたかも流体のように振る舞うフォノン流体とフォノンドラッグ効果が関わる熱電現象の統合的理解を目指 して研究を行った。特に本研究では、熱伝導率が低温の特定の領域でフォノンの弾道的な熱輸送から期待される値よりも増大するフォノンのポワズイユ流の発見を通してフォノン流体の存在が明らかとなった半導体黒リンに着目した。研究の結果、1GPaまでの圧下で実現する半導体状態では、熱伝導率においてフォノンの流体的な振る舞いが顕著な温度域でフォノンドラッグ効果によるゼーベック係数の増大が観測された。1GPa以上において実現する半金属状態においてもゼーベック係数に同様のフォノンドラッグによる増大が観測されるものの、加圧とそれに伴うバンド構造の変化によって移動度が大きく輸送現象に支配的な電荷キャリアがホールから電子へと変化することを反映して、フォノンドラッグによるゼーベック係数に負の符号をもつピークが現れることを見出した。半金属状態の低温では電荷キャリアーの拡散がゼーベック効果において支配的となるが、温度変化に対する線形項の大きさは量子振動実験から決定されるフェルミエネルギーを用いて見積もられる値とおよそ一致する一方で、半金属相内部で加圧によって引き起こされる線形項の符号変化は、電子とホールの存在を加味した2キャリアーモデルによっても再現できないことが分かった。むしろ半金属相内部でキャリアーの散乱機構が変化していることが深く関わっていることを見出し、キャリアーの散乱機構がゼーベック効果に与える影響を明らかにした。さらに近年様々な磁性体で発見され大きな注目を集めているフォノンによる熱ホール効果を黒リンにおいて観測した。このことから黒リンはフォノン流体、熱電効果、フォノンの熱ホール効果という特異な熱輸送現象を同時に探求できる稀有な系であることを見出した。
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