海へ注ぐ陸水のうち,河川水に比べて地下水の研究例は非常に少ない.地下水は栄養物質に富み,沿岸海域の生物生産に高く寄与することが近年判明した.貧栄養海域として知られる地中海の一部では,河川流入がほとんど無い地域においても集約的な漁業が行われている.申請者らが日本国内で開発した調査・解析手法を応用し,貧栄養海域においても高い生物生産が維持され,そこには地下水を介して供給される陸域由来の栄養が貢献する実態を明らかにすることを目的とした. 2018年5月および8月に調査サイトである地中海沿岸域において,フランス海洋研究所Franck Lagarde氏らとともに現地調査を実施した.沿岸海域に供給される陸起源栄養~高次生態系までの栄養フローを明らかにするために,Sete(セト)市周辺における物理・生物環境調査および魚類採集を5箇所で実施した.各地点における環境条件と,魚類の種構成,生物量との対応関係を解析し,地下水を経由して供給される陸起源栄養の貢献度を評価するための基礎資料とした. 得られた知見は,貧栄養海域である地中海において高い生物生産が維持されるメカニズムを明らかにするとともに,集約的な漁業により海中の栄養消費が活発であり(供給サービス),観光・レジャー(文化サービス)による総合的な海の利用で経済的成功を収めている現地と,日本の沿岸域との比較研究へと応用されることが期待できる.日本において陸起源栄養を効率的に利用しながら水環境(河川水・地下水)と漁業資源の管理をバランスよく進め,環境保全・沿岸漁業が共存可能なガイドラインを考案することに貢献可能である.さらに,地中海沿岸および地中海式気候の他海域における既存データや,同様の手法による現地調査を通じて,地中海における生物生産機構と,漁業資源管理・生態系保全などの社会的側面における特性の総合的把握および広域・国際比較が今後可能となる.
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