本研究では、「視床下部に入力されるレプチンシグナルの欠損や低下が、脂肪細胞内の末梢時計を障害する」を作業仮説として、遺伝子改変マウスの作製に取り組んだ。特に、基課題の肥満糖尿病マウスの脂肪組織を用いた検討において発現量の低下が顕著であったDbpに着目した。視床下部内レプチン低発現マウスを用いて、精巣上体脂肪組織内の時計遺伝子mRNA発現量を測定した。その結果、前述のDbpをはじめ、体内時計のコア・フィードバックループを形成する時計遺伝子群のmRNA発現レベルには、視床下部内レプチン低発現マウスと対照マウスの間で著明な差を認めなかった。これを受けて、糖尿病における脂肪細胞内の末梢時計障害について、視床下部におけるレプチンシグナルの影響は小さいと考えられた。 一方、基課題で注目しているDbp遺伝子の転写活性を調節する上流時計遺伝子の1つであるBmal1を欠損したマウスにおいて、興味深い知見が得られた。視床下部弓状核のNPY/AgRP神経細胞特異的にBmal1を欠損したマウスの末梢組織では、エネルギー代謝調節遺伝子発現の昼夜リズムや絶食後摂食時の遺伝子発現応答が鈍化していることが明らかになった。また、Bmal1欠損マウスから単離したラ氏島細胞では、カルシウムシグナル入力による標的タンパク質のリン酸化が対照細胞よりも数時間長く遷延すること、そしてタンパク質脱リン酸化酵素と相互作用するヒストン脱アセチル化酵素の核内移行が減じていることを明らかにした。さらにBmal1欠損マウス由来の細胞で認めたこれら細胞機能の変化は、クロマチン構造変化が起因であることを示唆する所見を得ており、両者の関連について今後も検討を継続する予定である。以上より、時計遺伝子を介した膵ラ氏島機能制御の臓器連関、およびその破綻に伴うエネルギー調節異常に関する知見を得た。
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