3d遷移金属元素、すなわち鉄やニッケルのイオンは最外殻電子軌道として3d軌道を有している。したがって、主量子数のより大きい遷移金属元素、例えば4d遷移 金属元素であるパラジウムや5d遷移金属元素の白金などよりも、炭素や窒素、酸素原子が有する最外殻軌道との軌道のエネルギー準位が近いために、有機合成に おいて結合の形成を促す触媒として本質的に潜在能力が高い。実際に、様々な形式の遷移金属触媒反応が鉄などの3d遷移金属元素で置き換え可能であることが近 年示されている。一方、3d遷移金属元素は3d 軌道における電子の局在性・方向性が強く、電子分極率、つまり『電気的なやわらかさ』が低い。したがって、反 応設計において配位子の選択は4dまたは5d遷移金属元素を用いる場合よりも、いわゆる『空間的構造と電子的構造』の観点から厳密に行う必要がある。本研究で は、非極性溶媒中において基質のLewis塩基性・配位性により カチオン性鉄錯体が生成し、これがLewis塩基活性型Lewis酸触媒として機能していることを明らか にした。また、その溶液構造は質量分析・紫外可視吸収・XAFS 測定により4配位型錯体であることを確認した。触媒反応開発における実験結果と、分光学測定に おける結果を基にして、理論化学計算による触媒反応機構およ び触媒機能解析を実施した。その結果、塩化鉄が極めてLewis酸として優れた触媒として機能する ことを明らかにした。すなわち、基質に対しては強いLewis酸性 を示す一方で、生成物に対してはLewis酸性がより弱く作用することが判った。これらの結果と して、触媒回転頻度が高いことを明らかにした。また、得られた知見を基にして、不斉触媒反応への応用を達成した。TDTSとなる遷移状態構造における、NCIPlotやNBO解析、CDA解析により、触媒機能を実施した。
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