研究課題
高い選択能を有する酵素の特性を生かした産業応用酵素群の開発は、資源の乏しい我が国が世界を牽引する科学技術革新として極めて重要な課題である。そこで本研究では、高精度な第一原理計算を用いた『Dry (計算化学、バイオインフォマティクス) 』手法と熱化学測定やX線結晶構造解析など用いた『wet (酵素化学、構造生物学)』実験とを融合した新たなアプローチにより、高い選択能を有する酵素の特性を生かした産業応用酵素群を合理的に設計・開発することを目的としている。実際の対象としては、血液サンプル中に含まれる特定のアミノ酸、L-Thr濃度の定量計測への応用が期待されている短鎖型L-スレオニン脱水素酵素(TDH)等の標的タンパク質を取り上げた。特に、酵素反応における遷移状態を明らかにするだけでなく、天然型酵素の機能を目的に合わせて改変し、反応そのものを分子レベルで制御することで、天然型酵素の活性を凌駕し、適用範囲を拡大した人工タンパク質(人工酵素)の合理的設計開発を目指している。初年度は、実際の標的酵素mTDHに対して、基質 (NAD+, L-Thr)が結合する際の構造変化を経時的に定量評価して、適合誘導効果の起源を解析した。X線結晶構造、酵素化学および熱化学解析などの実験に加えて、超高解像実験構造に基づく理論的反応解析を行った結果について、CPMD2017やASBMBなどの国際会議にて発表し、専門論文(Biochemistry)に公表した。Wet-Dryの融合された解析により、mTDHの基質特異性に基づく人工改変は、L-セリンなどその他のヒドロキシ酸に対する反応性を新機能として付与することも可能であり、今後、産業応用が可能な新規L-セリン定量用酵素やヒドロキシ酸の光学分割用酵素の開発に繋がるものと期待される結果となった。
2: おおむね順調に進展している
主に実験担当の静岡県立大、ならびにプログラム開発担当の長崎大の両分担グループとの密なる連携の下、Wet-Dry融合が機能的に進行し、順調に共同研究が遂行されている。これまでに、主な標的酵素タンパク質であるmTDHについて、apo-型構造の超高解像度X線解析構造の決定に成功し、その構造に基づいた、高精度第一原理計算ならびに分子動力学的シミュレーション解析により、基質分子(NAD+, L-Thr)の結合に伴う動的構造変化の定量的評価が完了した。さらに、構造解析だけでなく、基質結合に関する熱学的解析についても、iTC測定やSPR実験による結合解析も終了し、理論計算との一致も大変良いことが分かった。標的酵素に関して、構造、熱学データが高精度で揃っている例は大変珍しい。これらの結果は、専門論文(Biochemistry)として公表に至っている。また、本研究におけるアプローチ手法の適用範囲を拡大するため、高選択有機化学反応の反応解析やタンパク質複合体の相互作用解析などについて適用し、それらに関しても、学会発表、論文等に成果として発表できている。総じて研究開始初年度から、順調に研究成果が積み上げられてきているが、論文の公表に関しては、サイエンス全体として、トップジャーナル掲載への壁は厚く、専門雑誌への掲載にと留まっているのが現状である。これまでの点変異型設計ではない新規手法を用いて、機能性の大幅向上と適用範囲を広げた新規人工タンパク質の設計創製を達成し、次年度にはトップジャーナルへの公表を可能とするような成果に結び付けたい。
今年度は、apo-型への結合からの構造変化を主に取り扱ったが、今後は、遷移状態解析を含む、基質の化学変化後の過程の解析を行い、酵素中の反応全体を俯瞰的に解析する。理論的反応解析については、これまでの人為的な反応座標に沿った解析だけでなく、一般化座標を用いた解析や、反応ポテンシャル全体に渡る効率的な構造サンプリングなどについても行う。さらに、高解像度X線構造解析、iTCによる高精度熱測定などの実験的アプローチと高精度第一原理計算ならびに分子動力学的シミュレーションに加えて、アンサンブル学習法に基づくバイオインフォマティックス手法を融合した新規アプローチをさらに拡張させ、より高活性な人工酵素を合理的に設計し、天然酵素をも凌駕する新規配列設計に挑む。
2017度、国際共同研究を遂行しているスロバキア科学アカデミーから訪問研究員を招へい予定であったが、年度途中での本学大学院生の現地派遣により、プログラム開発や計算実行環境の整備が進んだため、実際の招へいは見送った。2018年度中には改めて、スロバキア科学アカデミーへの訪問ならびに招へいを進めて、活性を高めた人工酵素の設計、反応経路解析を行う予定であるため、外国旅費、招へい旅費、解析費用などに使用する。
すべて 2018 2017 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件) 学会発表 (44件) (うち国際学会 11件) 備考 (1件)
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www2.rikkyo.ac.jp/web/tokiwa