研究課題/領域番号 |
17KT0089
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
松野 明久 大阪大学, 国際公共政策研究科, 教授 (90165845)
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研究期間 (年度) |
2017-07-18 – 2020-03-31
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キーワード | 占領 / 法律 / パレスチナ / 西サハラ |
研究実績の概要 |
本課題の2年目となった平成30年度は、パレスチナに関する論考を雑誌に発表し、西サハラ専門家とパレスチナ人研究者を招へいし、イギリスを訪問して西サハラに関する最近の動向についての聞き取りを行い、イスラエルとパレスチナを訪問して現地調査を行った。 パレスチナに関する論考は『現代思想』5月号(特集:パレスチナ・イスラエル問題)に掲載され、イスラエル建国時のパレスチナ人追放・虐殺の歴史が風景に刻印されているさまを論じた。 5月にサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学法学部のカルロス・ミゲル教授を招へいし、大阪、京都、東京の大学でセミナーを開催した。テーマは資源に対する恒久的主権であり、具体的にはEUモロッコ漁業協定に関するEU司法裁判所の最近の判断を分析した。6月にアル・クドゥス大学女性学研究所のファドワ・アラバディ教授を招へいし学会でのパネル発表を組織した。 8月にはイギリスを経由してイスラエル・パレスチナへの出張を行った。イギリスでは上記の漁業協定に関してイギリス政府を国内裁判所に提訴した民間団体を訪問し、提訴の経緯や背景について聞き取りを行った。イスラエル・パレスチナでは研究パートナーとなっているエルサレムのアル・クドゥス大学法学部及び文学部教員たちから聞き取りを行うとともに、学内の囚人博物館(政治闘争史の一部を見ることができる)を訪れた。アル・クドゥス大学のメインキャンパスはパレスチナ側の主張ではエルサレムに存在するが、いわゆる分離壁の外にありイスラエルはエルサレムと考えていないという複雑な状況下にある。今回大学周辺の住宅区に滞在し、分離壁の影響について住民の聞き取りを行った。また、パレスチナ人のエルサレム商工会議所を訪ね、占領下での商業活動の状態について事務局長から聞き取りを行った。分離壁の目に見えない影響について一定の知見を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「占領の法政治学」が探求しているのは、紛争が安定期に入り低強度化すると、紛争の根本的原因が除去されないため対立は解消されていない中、暴力が減衰するためあたかも事態が和平に向かって動いているように見えるが、実際には紛争は深くより複雑なかたちで展開するようになっているという状況を明らかにすることである。その場合統治が行き渡るようになるので対立のフロントラインは法律、制度、手続きなどになる。しかし、所詮紛争下での戦略としての法律、制度、手続きであるから根本には暴力が潜んでいる。 2年間の研究期間、文献研究に加え、西サハラ、パレスチナを訪問し、専門家を招へいしてセミナーを開催することで知見を披露してもらい、意見交換を行った。それらから得られた暫定的な結論の見取り図を述べると、西サハラもパレスチナも、時折事件は発生するものの日常はいたって平和に過ぎていくように感じられるが、両地域には共通して支配する側の民族の優位性が形式的・実質的に確保されていて、それが身分(市民的地位)の違いであったり、土地所有権の異なる扱いであったり、受けられる行政サービス(医療・教育等)の違いであったりするということである。それは進学や就職における見えない差別であったりもする。そうした局面では弱い側は闘ったとしても敗北をほぼ運命づけられており、それを表現すると今度は表現の自由を抑圧される。こうして不満は決して解消されないまま深く静かに沈潜していく。占領とは支配の一形態であり、不合理な支配は究極的には暴力によって支えられている。その全体的な構造を描くことが重要であると考える。パレスチナの研究協力者と商工会議所の聞き取りをしてわかったことに、商人(アラブ世界では生業として伝統的に重要)の力の結集が制度的に阻まれているというのがあり、興味深いファインディングであった。こうした事例のさらなる収集に努めたい。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる3年目は、アメリカから西サハラの専門家を招へいしてセミナーを開催し、ブリュッセルを拠点とするNGO「西サハラ資源ウォッチ」を訪問して西サハラにおける資源搾取に関する最新動向について聞き取りを行い、さらにイスラエルとパレスチナを訪問して占領下の法律が生活に及ぼす影響について現地調査を行う。 アメリカから招へいするのはコルゲート大学のジェイコブ・マンディー准教授で、紛争研究及び北アフリカの政治を専門とし、西サハラについての著作がある。大阪と東京とでセミナーを行い、関係研究者との交流を行う。セミナーのテーマは占領下西サハラ住民の政治的意識の変化である。長引く占領で現地では第二世代が成長しており、モロッコ人として教育された彼らがどのようなナショナリズムの意識を形成しているかを議論する。 西サハラの資源問題は、従来から問題視されている燐鉱石の採掘・輸出に加え、EUモロッコ農産品自由化協定、EUモロッコ漁業協定をめぐってヨーロッパで大きな議論を呼んでいる。EU司法裁判所の裁定は漁業協定が西サハラを含むのは国際法に反するという内容であったが、EUはそれをクリアしたかたちで新しい漁業協定を締結した。さらにそれをめぐって裁判が行われそうである。その動向を詳細に把握している「西サハラ資源ウォッチ」の情報収集能力は注目に値するため訪問して聞き取りを行う。イスラエルとパレスチナ訪問は、ひきつづき占領下の法律が生活に与える影響について現地調査を行う。とくに土地所有権は中心的な問題である。国際的には占領地とみなされ、イスラエルが自国の不可分の領土だと主張する東エルサレムの土地権の状況は複雑きわまりない。生まれ育った住民には「居住許可」が与えられているが、「外国人」である彼らには完全な土地権は認められていない。伝統的所有となるとなおさらであり、土地所有をめぐる法制度と現状とを調査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額として103,991円を残した理由は、次年度にアメリカ(ニューヨーク)から研究者を招へいする費用、ブリュッセルを訪問し、パレスチナで現地調査を行う費用に不足が発生することを見越したからである。翌年度分として請求した助成金と合わせて、この2項目の経費にあてる予定である。
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