多細胞組織のかたちや大きさの自律的な制御に働く細胞の力受容と応答の仕組みを明らかにするために、2019年度は肺や内耳の上皮管の形態変化に伴う分子活性を詳細に調べた。また、実験データに基づく数理モデルの構築・解析を進めた。形態形成に重要なシグナル因子であるであるMAPキナーゼERK(細胞外シグナル制御キナーゼ)の活性に着目し、これらの分子活性をFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)の原理に基づく計測イメージングを可能とする遺伝子改変マウスを用いて実験を進めた。 肺の実験では、前年度に引き続き上皮層の曲率とERK活性の関係を詳細に定量した。また、実験データを参考にし、組織の曲率ー細胞の力生成ーERK活性のマルチスケールシステムを組み込んだ数理モデル(バーテクスモデル)を構築し解析を進めた。その結果、幾何・力・生化学反応のカップリングにより自己組織的に分岐形態形成を実現する仕組みを明らかにすることができた。得られた結果は現在論文として執筆中である。 内耳の上皮管においては、蝸牛管の形態形成機構を理解するために、FRETイメージングによるERK活性のライブイメージング定量を進めた。その結果、蝸牛管が伸長する際に、ERK活性の波が管先端から基部側に向かって細胞間を伝播することがわかった。また、この伝播に応じて細胞は基部側から先端側に流れるように運動することが明らかとなった。これらを説明する数理モデルを構築し、細胞の変形と力生成を司るの細胞力覚システムの存在を示唆することができた。得られた結果は論文としてとりまとめ現在審査中である。 研究期間全体を通じて、マウス精巣上体のみならず肺や内耳の上皮管においても、管径の恒常性維持や形態形成に働く細胞力覚システムを明らかにすることができた。
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