研究課題
本研究は、食欲やエネルギー消費の制御中枢である視床下部の分子組成が、肥満発症のプロセスで肥満誘導性の食餌成分によりどのような影響を受けるのかをシステム医学的に明らかにすることを目指して実施してきた。まず空間的には、遺伝子発現に基づいた主成分分析によっては視床下部内のエネルギー代謝関連領域を峻別することはできなかった。一方、それぞれの領域を特徴付ける遺伝子群の抽出には成功した。対象的に、視床下部神経核を構成する脂質分子のパターンに基づけば、大脳皮質や延髄と視床下部神経核群を明確に峻別することが可能であり、かつ視床下部神経核群の中で末梢組織に由来しエネルギー代謝状態を中枢神経系に伝達するホルモンのシグナル受容に重要である弓状核は他の神経核と明らかに異なることが示された。時間的には、遺伝子発現の変化は高脂肪食開始後のそれぞれのタイムポイントに特異的で変化は断続的と考えられたが、リピドームの結果は連続的であり、脂質組成変化は同じ傾向の増強や減弱で説明がつくものであった。これらの結果によりトランスクリプトーム・メタボロームそれぞれの見地からのエネルギー代謝中枢構成分子群のパターンのある種の規則性の同定に成功した。
2: おおむね順調に進展している
マウス視床下部由来の神経核微小サンプルの高純度核酸・メタボライト抽出を行い、これに基づいた生化学的分析、インフォマティクス的解析が進んでいる。これまで上記概要に記載したように、空間軸、時間軸に沿った分析をほぼ予定に従って実施するこができてきた。
視床下部食欲・エネルギー代謝中枢に対する、トランスクリプトミクス、リン酸化プロテオミクス、メタボロミクスのデータがほぼ集積してきたことから、これらの多次元情報を相互連結可能にすることが最終年度の課題となる。特に時間的解析と空間的解析、遺伝子発現解析とメタボローム解析の結果をそれぞれ統合して理解するための理論の構築が第一義的に必要となる。さらには、これらシステム医学的論理をwet biologyと、さらにはヒト肥満症の病期理解に展開するための周辺情報の収集と実装が必要である。そのためオミクスデータ間相互の関連解析を、統計学的方法と生物学的・生化学的・解剖学的方法(KEGGデータベース・LipidMaps等の生化学的情報、ニューロンの投射先に関する解剖学的知見)の両者の援用により実施する。加えて肥満症における既知の代謝異常(主に末梢臓器)発症や血中代謝パラメータの変化を、申請者らの肥満モデルにおいても実証し、視床下部の分子病態による基準軸に対応させてマッピングし、視床下部分子病態との関連での理解を試みる。これら解析を通して、全身のさまざまな臓器、さまざまなサイズレベル(分子、細胞、組織)、さまざまな物質レベル(遺伝子、タンパク質、代謝産物)で進行する肥満症の病態を単一の基準軸の上で論じるとともに、新規制御原理・制御破綻の規則性、病態進行の自己組織化性の創発を期待する。
平成29年度に生じ、昨年報告した、マウス視床下部由来の神経核微小サンプルからの高純度RNA、高純度脂質抽出のプロセスにおける技術的問題からの遅延により一部のwet実験が平成30年度に持ち越しとなってしまった影響が若干残っており、平成30年度中の研究の推進にもわずかな遅延が生じた。しかし、この問題の原因は既に平成30年度の初期に明らかとなり克服できたことから、その後の解析は予定通り、ないしやや早めることが可能となる程度に順調に進捗している。そのため、昨年度の持ち越し分の影響で平成31年度への繰り越しも発生したが、今年度の研究計画は予定通りに推進、完了することが可能と考えている。
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