ヒト急性骨髄性白血病(AML)のM2型で見られるt(8;21)では、転座によりRunx1-MTG8キメラ遺伝子が生成される。キメラ亜遺伝子の発現は、転座を伴わないアレルのプロトRunx1遺伝子のそれと同様の制御を受けると考えられるが、Runx1の転写制御については殆ど知られていない。そこで本年度はリンパ球を対象に用いて、解析を試みた。 末梢のTリンパ球はRunx1蛋白を発現しているが、細胞を抗CD3と抗CD28抗体で処理すると蛋白レベルでRunx1がダウン・レギュレートされる。この時、TCR(T細胞受容体)シグナルはMAPKからAP1転写因子、カルシニューリンからNFAT転写因子、そしてPKCからNFkB転写因子へと、3つの経路を介して伝達される。そこで各経路を阻害する薬剤を添加した上で、Tリンパ球を抗体処理すると、カルシニューリン阻害剤の添加時にRunx1蛋白のダウン・レギュレーションが起こらなかった。即ち、TCRシグナルは主にカルシウム感受性のカルシニューリン経路を介して、Runx1蛋白のダウン・レギュレーションに寄与していると考えられる。 次にRunx1蛋白のダウン。レギュレーションが、Runx1転写産物のダウン・レギュレーションによるものか否かを検討した。静止期Tリンパ球では遠位プロモーターから転写されるRunx1転写産物のみが発現している。ところが細胞をTCR刺激すると先ず起こるのは、近位プロモーターからのRunx1転写産物の発現であった。そしてそれに遅れて、遠位プロモーターからのRunx1転写が抑制されることが判明した。この近位Runx1転写の誘導と遠位Runx1転写の抑制は、細胞をカルシニューリン阻害剤で処理しておくと見られなかった。さらに、遠位プロモーター領域をクローニングしてレポーター・アッセイを行うと、近位Runx1蛋白は遠位プロモーターの活性を抑制する。以上から、TCR刺激の標的は近位プロモーターであり、発現を誘導された近位Runx1蛋白が、遠位Runx1プロモーターを抑制し、最終的にはRunx1蛋白のダウン・レギュレーションにつながるとのシナリオが考えられる。 AMLの発生母地は骨髄球系統であるが、それに属する32Dc13細胞を用いて分化誘導を試みると、やはりRunx1蛋白のダウン・レギュレーションが観察された。Tリンパ球で得られた知見を基に、骨髄球・白血病細胞におけるRunx1、及びRunx1-MTG8キメラ遺伝子の発現制御の問題に、次は取り組む予定である。
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