本研究の目的は、ショウジョウバエのゲノム機能解析により得られた器官改変を誘導する遺伝子群について、その機能を解析し、ある特定の細胞集団で特定の発生プログラムが決定される機構を理解し、またその決定が転換するプロセスから発生プログラムの決定が細胞集団毎に維持される機構を理解することにある。解析する遺伝子群は、細胞間の相互作用を担うNotchシグナルの活性化と共に働き、複眼を翅、肢、あるいは触角に改変する遺伝子として、ゲノム機能を利用した網羅的探索により同定した遺伝子群である。このうち、特に、Winged eye(WGE)と名付けたクロマチン結合タンパク質をコードし、複眼を翅に改変する遺伝子と、ATフックを有するタンパク質をコードし、複眼を触角に改変する遺伝子を中心に解析を進める。これらの遺伝子は、いずれも前後軸、背腹軸を有するほぼ完全な構造を有する翅と触角を、それぞれ複眼の代わりに誘導する。 今年度は、WGEの標的遺伝子は何か、を明らかにするために、遺伝子発現チップアレイを用いて、WGEにより発現が制御されている遺伝子の同定を試みた。そのために、wgeを過剰発現させ、翅プログラムを発現させた複眼原基と、vgを異所的に発現させた複眼原基、そして野生型の複眼原基からRNAを抽出し、チップ解析を行った。vgは、翅の形成を上位で制御している遺伝子で、通常は翅原基で発現が見られ複眼原基では発現していないが、wgeの過剰発現により複眼原基で異所的に発現が誘導される。その結果、wgeの過剰発現により発現が誘導されるが、vgの異所的発現では発現が変動しない遺伝子として、581の遺伝子を同定した。さらに、wgeの過剰発現により発現が抑制されるが、vgの異所的発現では発現が変動しない遺伝子として、494の遺伝子を同定した。この中には、複眼の形成に中心的な役割を果たすeyeless遺伝子が含まれており、この系が複眼から翅への発生プログラムの変更を反映した系であることが確認できた。
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