研究課題
海馬において誘導されるシナプス伝達効率の長期増強(LTP)は、空間依存的学習行動の細胞レベルの基礎過程として広く受け入れられている一方、扁桃体においても近年LTPの誘導が活発に研究され始めている。扁桃体LTPは恐怖条件付けなどの情動依存的な学習行動に関与すると考えられているが、詳細な分子機序は未だ不明な点が多い。そこで本研究では扁桃体でも特に条件刺激(CS)と無条件刺激(US)入力の連合部位である外側核(LA)におけるLTP誘導の詳細な分子機序を、特に誘導閾値の制御に焦点をあてて検討した。特にLAでのNMDA電流はNR2Bサブユニットによる貢献が大きいことが報告されていることから、可塑性誘導閾値制御におけるNR2Bの役割を中心に解析を行った。本年度は昨年に引き続き、東京大学医科学研究所・癌細胞シグナル分野において作製されたNR2Bの1472番目のチロシン残基をフェニルアラニンに置換したノックインマウス(YFマウス)を用いて検討を行った。LAの主要神経細胞からホールセル・パッチクランプ法によりAMPA受容体およびNMDA受容体シナプス応答を記録した。NMDA/AMPA電流比にはYFマウスと野生型で変化は見られなかった。さらにAMPA受容体媒介性の微小シナプス電流の大きさにも変化が見られなかったことから、NMDA受容体によるシナプス応答の大きさには変化が無いと考えられた。一方、LAにおいて野生型ではシナプス後細胞の脱分極とシナプス入力のペアリング刺激により、50分以上持続するLTPが誘導されたが、YFマウスでは同じ刺激によりLTPはほとんど誘導されなかつた。以上の結果からNR2BのY1472チロシンリン酸化はNMDA受容体シナプス応答よりはむしろ、NR2B結合分子群との親和性を制御することで受容体下流のシグナル伝達系を制御している可能性が示唆された。一方海馬におけるLTPの誘導閾値には顕著な差は認められなかった。今後はLAにおけるNMDA電流の詳細な解析とその可塑性制御における役割を海馬CA1領域と比較しながら行うことにより、扁桃体における神経可塑性の制御機構とその生理的意義を体系的に理解することを目指す。
すべて 2006
すべて 雑誌論文 (1件)
The EMBO Journal 25
ページ: 2867-2877