研究概要 |
われわれは、うつ病では強化学習の理論の中で非常に重要な要素である報酬予測のメカニズムに障害をきたしている可能性を推測している。すなわち、「将来の報酬への見通し」が悪い状況として、将来への悲観的認知のために長期的なメリットが見えず短期的なコストを支払わず、じっとしていること(行動抑制)を最適行動として選択する状況、あるいは「将来への見通し」が立たないがために、短期的コストを支払わないでよい行動(自殺、衝動行為)を選択する状況が、うつ病のモデルとして想定している(Doya,2002)。 これまでわれわれは、報酬のバランス(大 vs 小)、報酬獲得までの時間的作業(短期 vs 長期)、獲得した報酬によるフィードバックおよび学習機構などの構成要素をもった脳賦活課題を、健常若年成人を対象として脳機能測定を行った。その結果、時間的スケール(短期 vs 長期)における報酬予測が大脳皮質と大脳基底核を結ぶ並列回路の異なる部分で行われていること(Tanaka et al.,2004)、セロトニン機能の調節にともない報酬予測の時間スケールが変化すること(Tanaka et al.,in submission)、ヒトは報酬の見通しの方策を状況に応じて変更していること(Schweighofer et al.,in press)を明らかにした。これらの結果を踏まえ、上記の課題を用いてうつ病患者を対象とした予備的行動実験を行った。 その結果、うつ病29例中13例、健常中高年成人24例中4例が、強化学習モデルにfitしないデータであった。(理解力不足、注意の持続困難)Fitできたデータでは行動指標に有意差はなかった。以上より、中高年うつ病を対象とした場合、課題の単純化および問題点の改変が必要と考えられた。そのため中高年者を対象とした新規課題を作成し、少数例ではあるが行動指標を評価とした予備実験において妥当な結果がえられた。 今後、課題の妥当性・信頼性の検証を行った上で、うつ病患者を対象とした脳機能画像研究を行い、うつ病のいかなる脳部位がどのような時間スケールを有する報酬予測に関わるかを明らかにしたい。
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