脳機能を媒介する神経機構を理解するためには、神経回路を構成する特定のニューロンの行動生理学的な役割の解明が必須である。我々の研究グループは、遺伝子発現の特異性に基づいて特定のニューロンの除去を誘導する遺伝子改変技術(イムノトキシン細胞標的法)を開発し、大脳基底核神経回路を構成する特定ニューロンの行動生理学的な役割を明らかにしてきた。本研究では、イムノトキシン細胞標的法を改変し、特定ニューロンタイプの機能を一過性に抑制するための新しい遺伝子改変技術の開発に取り組んだ。この目的のために、イムノトキシンの緑膿菌毒素の部分をテタヌストキシンL鎖の変異体に置換した組換え体タンパク質イムノテタヌストキシンを作製する。この組換え体タンパク質は導入遺伝子であるヒトインターロイキン-2受容体αサブユニット(IL-2Rα)を発現するニューロンに取り込まれ、神経伝達物質の放出に必要なvesicle-associated membrane protein-2(VAMP-2)を切断することによって標的ニューロンの機能を阻害することが期待される。 本年度は、組換え体タンパク質イムノテタヌストキシンを大腸菌で発現させ、精製する方法の確立を試みた。大腸菌発現ベクターに、anti-Tac(Fv)抗体フラグメント、緑膿菌毒素PIIドメイン、テタヌストキシンL鎖変異体、FLAGペプチドを融合したタンパク質をコードするDNAを連結した。発現ベクターを形質転換し、組換えタンパク質の発現を誘導した。培養上清をイオン交換クロマトグラフィーにより分離し、活性ピークはExperion^<TM>タンパク質検出システムと結合活性によって同定した。さらに、活性分画をFLAGアフィニティクロマトグラフィーとゲルろ過クロマトグラフィーにより分離した。サンドイッチELISA法を用いたIL-2Rαへの結合実験の結果、精製組換えタンパク質は高い親和性で受容体に結合することを確認した。また、精製組換えタンパク質をシナプトソーム分画とインキュベーションした後、ウェスタンブロット法を用いてVAMP-2レベルを分析した。組換えタンパク質の存在下でVAMP-2レベルが減少したことから、このタンパク質はVAMP-2に対するプロテアーゼ活性を持つことが確認された。 以上の結果から、精製イムノテタヌストキシンは、試験管内で標的受容体への結合活性とVAMP-2に対するプロテアーゼ活性を保持することが明らかとなった。今後、生体内での作用を解析し、特定ニューロンタイプの機能を一過性に抑制する技術の開発に応用する。
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