本研究の目的は、記憶情報に基づいた行動決定の基盤となる、前頭前野、側頭連合野、海馬の3領域をつなぐ多シナプス性神経回路を、狂犬病ウイルスを用いた越シナプス性神経トレーシングによって解明するとともに、このような神経回路の行動制御における役割を、記憶課題を用いた行動学的手法によって明らかにすることである。 平成18年度は主に、背外側前頭前野と側頭葉を結ぶ神経回路を明らかにするため、狂犬病ウイルスの逆行性越シナプス感染を用いた解剖学的研究を行った。 サル前頭前野のうち、内側9野、外側9野、背側46野、腹側46野に狂犬病ウイルスを微量注入し、感染が2次ニューロンにおよぶ3日後に灌流固定した。脳の薄切切片を作製し、免疫染色法を用いて、ウイルスによってラベルされたニューロンの、側頭葉における分布を解析した。 いずれのケースでも上側頭回(特に上側頭溝上壁)が強くラベルされた。これに対し、下側頭葉および内側側頭葉でのラベルの分布は、注入部位によって大きく異なった。腹側46野への注入では下側頭葉のTE野、特に上側頭溝の下壁に多くの感染細胞が集中していた。背側46野への注入では内嗅皮質、周嗅皮質および海馬傍回を含む内側側頭葉皮質に、多くの感染細胞が分布しており、海馬にも少数ながらラベルが認められた。内側および外側9野へのウイルス注入では、内側側頭葉にわずかに感染細胞が見られたが、下側頭葉にはほとんど見られなかった。これらの結果は、背外側前頭前野のうち、背側46野は、内側側頭葉からの連合記憶情報に基づいた行動決定に関与し、腹側46野はTE野からの(現在の)視覚情報に基づいた行動決定に関与する可能性を示唆する。 なお、前頭前野-側頭葉皮質回路の行動制御における役割を明らかにするため、長期記憶および短期記憶に基づいて行動を選択する行動課題を開発し、サルの訓練を開始した。
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