ヒトは、顕微鏡下での手術(マイクロサージェリー)などに際しての手運動の操作に代表されるように、視覚空間と運動空間の座標系のオフセットや倍率(利得)が変更されても、短時間に適応可能である。この脳内機構を調べるため、サルに以下の課題を訓練した。二次元運動計測システムでモニターした手先運動座標の倍率およびオフセットを変化させてディスプレイ上に表示することにより、視覚座標系と運動座標系を乖離させた。視覚座標上での到達目標と対応する運動とが同一の距離にあるときの関係を「1倍」と定義した。中心の保持ゾーンから到達目標点への直線的で、運動速度がベル型の最適化運動をすることが確認できた。その上で、視覚座標系と運動座標系の利得を「1倍」から「0.5倍」に、あるいは「2倍」に変更したとき、約10回の試行で運動と目標点との誤差が小さくなるとともに、運動の最大速度が一定レベルに収束した。 この課題遂行中のサルから一次運動野および運動前野腹側部からニューロン活動を行った。運動前野腹側部では(1)運動関連活動が利得によらず視覚空間情報に対応した活動を示すもの、(2)利得に依存し運動座標系を反映するもの、あるいは(3)その中間に位置するニューロン活動を同定した。(1)のような活動は一次運動野では極めて少数であった。さらに、課題遂行中の眼球運動をモニターするとともに、手運動開始後の運動遂行中にカーソルを消す、あるいはカーソルを動かさないことにより、視覚フィードバックの有無と眼球運動がニューロン活動に影響を与えているかどうかを調べた。その結果、記録された運動関連活動にはこれらの効果が小さいことを確認した。このことは、運動前野腹側部が、一定の視覚空間情報から手の運動に変換する過程で、視覚フィードバックや眼球運動には依存しない利得制御可能な座標変換系として機能していることを示唆している。
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