研究概要 |
側頭葉葉性萎縮に伴う意味性認知症(semantic dementia : SD)では語義失語と呼ばれる語の辞書的意味が失われる現象が知られている。SDでは側頭葉萎縮に左右差が認められ、その大多数を占めるのは左優位例であるが、少数例である右優位例では進行性に熟知人物の相貌が同定できなくなる障害を呈する。また右優位例では建造物や物品の認知にも比較的早期から障害を呈する。SDにおけるこうしたユニークな症状の背景に語や物品の意味表象が消失する現象を仮定した。この意味表象の有無に関して、われわれは重篤な失語や認知症においても比較的保たれる喚語における語頭音効果や系列語句の補完という現象に注目し、語ならびに諺補完テストにより意味表象を担う語句がSDにおいては特異的に障害される現象をすでに報告している(Nakagawa et al., 1993)。この課題からヒントを得て日用物品の一部分の欠けた写真による物品補完テストを作製し、SDにおける意味表象に関する検討を行った。 方法:対象は愛媛大学附属病院精神科神経科の高次脳機能外来を受診し、比較的初期(CDR=0.5,1)と診断されたSD11例(右優位SD-R:3例、左優位SD-L:8例)と年齢・認知症の重症度(CDR=0.5,1)・教育年数・MMSEにおいて差のない臨床的にアルツハイマー病(AD)と診断された14例に、それぞれ言語性・視覚性の意味課題である2種類の補完テストと幾何学模様の視覚性補完課題であるレーヴン色彩マトリックスset Aを行い群間で比較した。 結果:SDでは萎縮の左右差に関わりなくADよりも諺補完テストの成績が有意に低かった。また視覚性推論課題であるレーヴン色彩マトリックスset Aでは両群に差はなかったが、視覚性意味課題である物品補完テストに関しては右側頭葉優位の意味性認知症(SD-R)において有意な低下を認めた。 結論:側頭葉葉性萎縮に伴い語義失語を呈するSDは単語という言語の意味表象単位における障害と位置づけることが可能である。また右優位の萎縮例(SD-R)では、視覚推論的能力に障害がないにもかかわらず、物品のような非言語性の意味表象にも障害が及んでいることが明らかとなった。SDにおける側頭葉前方部の変性過程が意味記憶の貯蔵障害であるとの仮説が支持され、左右側頭葉はそれぞれ異なる意味表象に影響力を持つことが示唆された。
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