生体分子が運動制御・運動学習において果たす役割を、神経回路レベルで検討するために、マウス反射性眼球運動計測と神経活動記録を行った。運動時の視野のブレを抑える反射である視運動性眼球運動と前庭動眼反射に注目した。これらの反射性眼球運動制御の神経回路は比較的単純であり、感覚入力・運動出力とそれらを仲介する神経細胞の活動を定量的に関係付けて解析することが可能である。また、これらの反射は状況に応じて反応の大きさ・タイミングが適応的に変化し、こうした適応現象は運動学習のモデルとされている。小脳は反射性眼球運動を仲介する脳幹の神経回路での情報伝達を制御し、適応にかかわる。こうしたことから、反射性眼球運動は、小脳で働く機能分子が、神経細胞活動制御においてどのような役割を担い、それが動物個体の運動制御や運動学習において、いかなる役割を果たすかを、解析するための優れたモデルシステムになると期待される。小脳のシナプス可塑性に必要で運動学習にも関与するイオン透過型グルタミン酸受容体δ2サブユニットと結合する蛋白質であるデルフィリン分子を欠損したミュータントマウスについて研究を行い、平行線維・プルキンエ細胞間シナプスで長期抑圧が起こりやすいが長期増強は野生型マウスと変わらないこと、視運動性眼球運動の適応はより早く起こるが前庭動眼反射の適応は野生型マウスと比較して亢進していないこと、が判明した。これらの結果から、デルフィリンマウスでは、長期抑圧が起こりやすくなったために、視運動性眼球運動の適応が促進したことが推測され、長期抑圧の運動学習への寄与が支持された。しかしながら、長期抑圧が起こりやすくなることの運動学習への影響は、課題依存的であることも明らかになった。
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