中枢神経系を構成する主要な細胞群であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトは、共通の前駆細胞である神経幹細胞から運命決定を経て分化する。本研究は、脳機能構築の理解を目指す上で重要な課題と言える神経幹細胞の運命決定を制御する分子基盤の解明を目的としており、本年度は特に、神経幹細胞の自己複製において重要な、細胞増殖誘導と細胞分化抑制というふたつの相反的事象の連動に着目して研究を推進した。神経幹細胞画分において、FGF2によるGSK3β抑制とβ-catenin安定化経路が、ニューロン抑制性のNotch1エフェクター分子Heslをコードする遺伝子の発現を増強するという前年度までの知見について、今年度は特に次の実績を得た。(1)FGF2で刺激した高密度培養神経幹細胞画分について抗β-catenin抗体を用いたChIPアッセイによりRBP-Jk結合配列を含むhels promoter fragmentが検出された。(2)β-cateninとN1ICの会合が観察され、この会合は転写共役因子p300とP/CAF双方の存在下で増強した。(3)N1ICで誘導されるhesl promoter活性化のβ-cateninによる増強が転写共役因子p300とP/CAFによりさらに増した。(4)GSK3βのdominant active formを強制発現した神経幹細胞画分がFGF2存在下で形成する一次ニューロスフェアーは、その後の単層培養による検討で分化亢進を呈した。(5)GSK3βのdominant active formの強制発現が、神経幹細胞画分の二次ニューロスフェアー形成を著しく阻害した。これらの結果はFGF2とNotch ligandによる神経幹細胞内シグナル経路群がクロストークして、増殖促進と分化抑制という相反事象を連係させ、神経幹細胞の未分化性の維持に寄与することを示唆しており興味深い。
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