双極性気分障害の治療に用いられる気分安定薬(リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンなど)に共通する薬理作用は、不明な点が多い。リチウムには成体脳の海馬における神経細胞新生を促進する作用があると報告されていることから、気分安定薬の成体脳神経幹細胞に対する効果を検討した。気分安定薬を投与したマウスの脳では脳室下層に存在する神経幹細胞が増加していた。また、神経幹細胞を検出する培養法であるneurosphere assayに気分安定薬を添加すると、神経幹細胞の自己複製能がfi進することが観察された。そこでneurosphere法を用い、気分安定薬添加による神経幹細胞内でのシグナル活性の変動を検討し、気分安定薬の共通薬理作用の同定を試みた。まずこれまでに気分安定薬の薬理作用として報告されている、GSK-3β活性の抑制やイノシトール枯渇の有無を調べたが、髄液中治療域濃度の気分安定薬にはそのような効果は認められなかった。一方、神経幹細胞の自己複製能の亢進に重要と考えられているNotchシグナルについて検討を行ったところ、髄液中治療域濃度の気分安定薬存在下で培養したneurosphereでは、Notchシグナルが活性化していることがわかった。Notchシグナルの活性化は、リチウムを投与したマウスの脳室下層においても観察された。 気分安定薬がNotchシグナルを活性化する分子機構を明らかにするために、気分安定薬を添加したneurosphereを用いたマイクロアレイ解析を行った。その結果、リチウムおよびバルプロ酸添加によって2倍以上に増加する遺伝子11個、半分以下に減少する遺伝子28個を同定した。さらに公開データベースを利用して、神経幹細胞が存在する脳室下層に発現がみられる遺伝子に注目して、解析を進めている。
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