本研究は、単細胞生物でありながら多細胞化する細胞性粘菌をシステムとしての生命研究のモデル生物として採用し、細胞内、細胞間のコントロールメカニズムを解明することを目的とした.細胞性粘菌は細胞間コミュニケーションにパルス状のcAMPを利用する.しかし、cAMP分泌は細胞凝集終了と共にその分泌が止まってしまうという問題が存在した.そこで細胞性粘菌を基板上に形成するマイクロウエルに閉じ込め、細胞群の凝集を止めることでcAMPパルスの発生を長時間安定維持し、細胞分化の外部制御を行うチップ上のマイクロラボを構築し、生命システムの本質を明らかにすることを目指した. 今年度の成果は、(a)MEMS技術を用い、基板上に直径50-200μ、深さ20-50μのマイクロウエルを作成し、その内部に細胞性粘菌を閉じ込めることに成功した.研究の過程で細胞性粘菌の閉じ込めには基板に対する強い材質依存性の存在が判明し、その実現には困難を極めた.しかし最終的に寒天が最適材料であることを明らかにした。しかも寒天であれば、自ら入り込み、数時間以上安定的にウエル中に滞在した.寒天以外ではマイクロウエルに入り込んでもほどなく飛び出してしまう.(b)細胞シミュレーションとの定量比較を可能にするため、距離情報、時間情報と共に、細胞性粘菌のタイムラプス顕微鏡画像を系統的に取得できるシステムを構築した.ここでは細胞性粘菌のcAMPに対する正の走化性を利用し、cAMPの時間変化を細胞の形状変化で判定するという間接的な計測法を採用した. 本研究は初年度としての目標をほぼ達成し、今後は構築したマイクロラボ・オン・チップでcAMPパルスを人工的に生成し、システムとしての生命研究へと展開する予定である.理論的な研究も並行して行い2編の論文を投稿し、現在審査中となっている.
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