銅酸化物高温超伝導体は典型的な二次元強相関物質である。ゼロ磁場では強相関のため反強磁性相、超伝導相、電荷秩序相、ストライプ相、擬ギャップ相といった電子相が存在しており、それらの競合・共存が見られる。キャリアドープがある程度進むと基底状態は超伝導相となる。本研究では、競合・共存する電子相が未踏の強磁場のもとでどのような安定相にたどり着くか、またその安定相からのスピンダイナミクスがどのような振る舞いを示すか理論的に解明することを目的としている。銅酸化物高温超伝導体の電子状態は、二次元t-J模型に長距離のホッピングを加えたt-t'-t''-J模型によって記述できる。まずは、ゼロ磁場下での高温超伝導体の動的スピン相関関数を、t-t'-t''-J模型の一体グリーン関数(角度分解光電子分光・逆光電子分光スペクトルに対応)から計算した。これは強磁場下でのスピンダイナミクスを計算する際の処方箋を与えるとともに磁場効果の議論の出発点となる。得られた動的スピン相関関数は、低エネルギー領域で非整合なスピン励起構造を示す。エネルギーの増加とともにその非整合性は弱くなり、その後再度、整合点の周りに広がったスピン励起が現れる。この振る舞いは実験で観測されている砂時計型のスピン励起と一致する。磁場効果としてスピンに対するゼーマン効果を考える際、ゼロ磁場下でのエネルギー準位構造が重要になる。そこで、その準位構造を、20サイトのt-t'-t''-J模型に対して計算した。ハーフフィールドスピン波励起の存在を反映して、エネルギー固有値分布は疎となっている。電子ドープ系では強い反強磁性相関を反映してやはり疎の固有値分布を示す。一方、ホールドープ系ではキャリアドープとともに分布が低エネルギーで密となる。これは、最初に述べた多様な電子相の存在とコンシステントである。
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