研究概要 |
アリの社会が全体として適応的に制御されるのは,下位の階層である個体間のいかなる相互作用によるのか.巣内密度調節とグループサイズ認識という2つの現象に注目し,内在するであろうフィードバック機構に関する辻の作業仮説を軸に研究を展開した.その過程で,仮説では捨象されていた行動現象(個体間接触に貢献する女王とワーカーの貢献度,ワーカー個体の運動のパスの時系列解析)に焦点が当てられるに至り,現在仮説を解体再構築中である.まず,トゲオオハリアリにおける難揮発性物質を介した女王ワーカー相互認識機構は不完全なものであり,一定サイズ以上のコロニーでは長期間女王と接触しない個体が存在すること,そして個体あたりの接触確率が低下する状況では,女王の活動性の増加が相互認識に大きく貢献していることが明らかになった.これと並行し,巣や餌のない密閉空間におけるアリのワーカー単体の行動を記録し,速度変化と方向転換の時系列解析を行った.とくに,速度については4種のアリに関し長時間にわたる相関の存在が示唆された.すなわち時間とその間のアリが進む距離のゆらぎの間にある種のべき乗則が成り立つことが判明した.これらの結果から単独のアリ歩行を再現する簡単なモデルを提唱した.今後この結果と複数個体存在下での行動や非社会性昆虫の行動比較することで,アリの集団行動について考察予定である.また,女王存在情報の化学的実体ではないかとして従来想像されていた身体表炭化水素について,高速液体クロマトグラフィーを用い成分を分取し,詳しい生物検定を行った結果、長鎖(炭素数36-41)の炭化水素で構成される女王特異的な成分ではなく,組成の比率に女王/ワーカー間で変異がある短鎖(炭素数25-29)の成分に活性があることが示された.
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