本研究の目的は、高圧力下での光学顕微観測を可能とする「高圧力顕微鏡」を用いて、生体分子や細胞などの生体システムがどのような圧力応答を行うのか調べることにある。昨年度までの取り組みにより、研究代表者らは200MPaまでの耐圧性能をもつ光学顕微観測用の小型高圧セルの開発に成功してきた。大腸菌には、細胞本体から長くのびた「べん毛」とよばれる螺旋状の運動器官を回転させることで、推進力を発生させており、その運動能は光学顕微鏡下で容易に観察できる。本年度は、高圧力下で大腸菌の遊泳運動を観測することで、細胞運動の圧力応答について調べた。大腸菌の遊泳速度は、圧力の増加と共に低下し、80MPaでは遊泳運動停止した。その後圧力を下げると、再び運動し始めた。この可逆的な運動阻害は、140MPa程度の圧力まで可能であり、それ以上の圧力をかけると、遊泳運動を再開することはなかった。次に、テザードセルの系を用いて、高圧力下でべん毛モーター1個の運動計測を行ったところ、100MPa程度までは菌体の回転速度に変化はなく、その後、圧力と共に回転速度が低下することが明らかになった。したがって、大腸菌の運動機能は、圧力をかけることで、まず、複数あるべん毛間で同期がとりにくくなり、その後、べん毛モーターのトルク発生能が影響を受けることが明らかになった。来年度は、Na^+駆動型のべん毛モーターをもつ海洋性ビブリオ菌の運動計測を行うことで、べん毛モーターの圧力変調がイオンの取り込みか、それとも、トルク発生時のどちらに影響を与えるのか調べていく。
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