小胞体における分泌タンパク質の高次構造形成が異常を来し、小胞体にタンパク質凝集体が形成される状態を小胞体ストレスと呼ぶ。細胞が小胞体ストレスに応じて引き起こす自己防衛応答を小胞体ストレス応答と総称する。小胞体局在のI型膜貫通タンパク質Irelは、小胞体ストレスを感知する「小胞体ストレスセンサー」のひとつであり、真核生物全般に保存されている。Irelのサイトゾル側ドメインにはRNase活性やkinase活性が存在しており、前者によるRNAの切断(およびスプライシング)や後者によるタンパク質のリン酸化により、小胞体ストレス応答が誘起されると考えられてきた。本研究では、小胞体ストレスに応じてIrelが引き起こす生命現象の全体像を明らかにすること、そして、それと細胞内膜系の挙動との関わりを理解することを目指した。 本研究では出芽酵母を材料として研究を進め、まず、細胞の蛍光抗体染色により、小胞体ストレスに応じてIrelの局在が変化することを見いだした。すなわち、非ストレス状態ではIrelは小胞体全体に広がって存在しているが、小胞体ストレスを細胞に与えると、Irelの局在はドット状になる。このドット状の局在は、Irelが小胞体内腔側ドメインに因り巨大な多量体を形成することを反映している。さらに私は、Irel分子内で多量体化を阻害する領域を決め、そこを欠失させることにより、恒常的に多量体化する変異体を得ることができた。その変異体発現株の表現型を電子顕微鏡レベルで詳細に観察した結果、細胞内のIrel多量体形成部位では、小胞体の多層構造に変化することが明らかになった。このことは、小胞体ストレスがIrelの多量体化を通じて(すなわち、RNase活性やkinase活性には依存せずに)、小胞体を変形させることを示す。このことの生理的意義は、残された課題である。
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