研究概要 |
マウス胎児由来3T3-L1株細胞は脂肪細胞分化のモデルとして広く用いられている.3T3-L1前駆脂肪細胞を終末分化に移行させるためには通常コンフルエントになるまで培養して増殖を停止させた後にホルモン等の分化誘導因子を加える方法が行われ,増殖中の低細胞密度の状態で因子を加えても分化は起こらないことが知られている.我々は,50%以下の密度で培養中の3T3-L1前駆脂肪細胞を用い,ATP(100μM)を加えてインキュベートした後に分化誘導因子を添加して培養を続けたところ,増殖を続けながら脂肪細胞に分化すること,この効果はP2受容体を介すること,ATP単独投与では分化を誘導できないこと,コンフルエントに達した細胞に対してP2受容体をブロックしても分化抑制は起こらないこと,及び,低密度の細胞に分化誘導因子を加えても成熟脂肪細胞のマーカー遺伝子であるaP2やCD36の発現はほとんど見られないが,ATPで刺激してから分化誘導因子を加えた細胞においてはコンフルエントに達する前にマーカー遺伝子の発現が増大していること,を見出した.これらのことからATPは3T3-L1前駆脂肪細胞の分化誘導因子に対する感受性を増大させる可能性があると考えられた.ATP刺激による細胞内情報伝達機構を明らかにするために,ATPによって変動するリン酸化タンパク質を調べたところ,ヌクレオホスミンT199のリン酸化型が減少していることがわかった.ヌクレオホスミンは細胞周期に重要な役割を果たし,特にGI期においてT199のリン酸化によって中心体から解離し細胞周期を進めることから細胞周期のライセンシング因子とされている.細胞をコンフルエントに達するまで培養して増殖の停止した状態ではヌクレオホスミンT199リン酸化型はほとんど検知できなかったことから,ATP刺激によって一時的に細胞周期が停止した状態を作り出している可能性が示唆された.また,T199リン酸化酵素であるCDK2活性はATPによって影響を受けなかったことから,ATPの作用はリン酸化酵素を直接抑制した結果ではないと考えられた.
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