硝酸イオンを段階的に還元し窒素分子を生成する脱窒は自然界の窒素サイクルのプロセスのひとつであると共に、嫌気的なエネルギー代謝である硝酸呼吸として機能する重要な物質変換である。一酸化窒素還元酵素(NOR)は、この硝酸呼吸、脱窒の過程で一酸化窒素から亜酸化窒素を合成するヘム酵素である。また、本酵素は好気呼吸の末端酸化酵素であるシトクロムc酸化酵素(CcO)と相同性が見られることからNORはCcOの祖先分子であるとみなされており、分子進化の観点からも興味深い。このNORの作動機構を解明する上で最も重要な中間体は、活性部位に一酸化窒素が結合した複合体であるが、室温ではきわめて短寿命であるため反応機構には不明な点が多く残されている。 本研究ではこの反応中間体の振動分光学的な解析を行い、NORが触媒するN-N結合生成機構を明かにし、嫌気呼吸、脱窒の原子レベルでの作用機構を解明することを目的とする。このためには短寿命な中間体を捕捉する新たな手法の開発が不可欠である。そこで低温下、凍結NORを高圧一酸化窒素ガスに暴露し、一酸化窒素複合体を調製するクライオガスサイターの開発を行った。この装置では-130℃まで試料を冷却した状態で、20気圧の気体に曝露することが可能である。予備的な検討を行い、-80℃の条件では塩化リチウム、グリセロール、エチレングリコールなどの抗凍結剤の存在下、気体分子が凍結試料に浸透できることを確認した。さらに、NORの一酸化窒素複合体解析のために顕微可視、顕微赤外分光装置を整えた。一酸化窒素は酸素に対する反応性が高いために、一酸化窒素複合体の調製は嫌気的条件下で行う必要がある。現在、酸素濃度を1ppm程度まで抑えたグローブボックス中でクライオガスサイターを用いる準備を進めているところである。
|