運動は心拍増大や心肥大を起こし、脂質代謝など、全身のメタボリズムにも大きく影響する。逆に、運動負荷が無くなると、廃用性萎縮が骨格筋、心筋、骨に現れ、全身のメタボリズムも低下する。運動による刺激、すなわち物理的、機械的な刺激は、どのようにしてこのような生体の変化を起こすのであろうか?本研究は、この問題の本質をとらえて、その分子メカニズムを解明することを目標とした。 本研究では、T-box型転写因子のTbx5の転写調節メカニズムを中心に研究を進めてきた。この過程で、Tbx5のco-activatorとして我々が同定したMKL2が、ゼブラフィッシュの心臓において心拍、心拍に由来する機械的刺激によって細胞質から核内に移行し、Tbx5による転写活性を制御することを見いだし、機械的刺激から遺伝子発現に結びつく新経路を発掘した。また、細胞を伸展するなどして機械的刺激を加えたときに、細胞質から核に移行する因子を複数同定した。これらの因子は、骨代謝、脂肪代謝と肥満、心臓の弁を含む腱の発生などを制御していることが予想される。このことは、心臓発生以外の様々な局面で、機械的刺激、力学的刺激が遺伝子発現に直接影響を及ぼすものであること、生体恒常性維持の多様な局面でこの制御機構が働いていることを意味している。また、心臓において、血流依存的に発現するmiRNAを複数同定し、ノックダウン実験を行ない、房室弁、大動脈弁の形成に重要であることを見いだした。 ゼブラフィッシュを用いた実験では、心拍自体が心筋分化、心臓形態の形成に大きく影響しており、心停止は心筋特異的遺伝子の発現減弱を引き起こし、心臓の臓器としての成熟を遅らせる。このように、細胞、組織に加わる機械的な刺激は、様々な生物学的現象を誘導するが、その分子メカニズムは不明のまま残されている。本研究では、機械的刺激、力学的刺激が生体に及ぼす影響とそのシグナル伝達機構の一端を解明することができた。
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