遺伝子発現制御研究において、ヒストンアセチル化酵素(HAT)活性による転写活性化は中心的課題である。とりわけ、cAMP結合性転写因子CREB結合タンパク質(CBP)のHATは重要である。生理的に重要な酵素には阻害因子の存在が予想され、実際、HAT活性阻害因子TLSを培養細胞から精製した。TLSは脂肪肉腫患者の染色体転座による融合遺伝子として同定されたRNA結合タンパク質である。これまでに、TLSはCBPのHAT活性を阻害し、この阻害効果が特異的RNA配列の結合により増強されることを示した。これらの結果は、RNA依存性転写抑制という新規転写制御機構を提示する。本研究の目的は、このRNA依存性転写抑制機構の存在を検証することである。TLS結合性RNAを詳細に検索したところ、標的遺伝子cyclin D1のプロモーターから転写される非コードRNA(ncRNA)が転写抑制を誘導する結果を得た。このncRNAは放射線照射やシスプラチンなどの遺伝毒性刺激で転写が誘導され、TLSに結合するとcyclin D1発現を抑制する結果を得た。一方、このncRNAはTLSホモログEWSとTAFII68にも結合して同様な機能を持つことが判明し、より広汎な生理的役割を持つことが示唆された。TLSはcyclin E1プロモーターでも同様な効果を示した。この様にプロモーター由来ncRNAが転写抑制機能を持つことが示された。すなわち、RNA依存性転写制御機構の存在を検証するという目的は完遂され、新たな転写制御機能の存在を提示できた。この研究は現在、Nature誌に印刷中である(2008)。
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