植物細胞内外の物質輸送をつかさどる細胞膜は、動物細胞と同様リン脂質を主要な成分としている。しかし、植物をリン欠乏条件で生育させると、細胞膜やミトコンドリア膜に存在するリン脂質の大半が糖脂質に転換され、膜中にプールされていたリンが細胞内部に大量に放出される。このような栄養飢餓条件での膜脂質成分の転換は、イオウ欠乏など他の栄養飢餓条件でもそれぞれ異なる変動を示すこともわかってきた。生体膜脂質は膜輸送を行うための「場」を提供しており、このような大きな「場」の転換は膜で行われる輸送系に甚大な影響を及ぼしていると考えられる。しかし、膜脂質構成成分の変化が植物の養分吸収の効率や膜輸送にどのような影響を及ぼしているかは全く未知である。そこで本研究では、膜輸送の場としての膜脂質の重要性を明らかにするための基礎的研究としてリン欠乏応答とイオウ欠乏応答に着目し、栄養欠乏条件でも膜脂質転換の起こらない変異体の単離・解析を行う。 これまでシロイヌナズナを用いた研究から、リン欠乏時には葉緑体膜の主要膜糖脂質であるmonogalactosyldiacylglycerolの合成を担う遺伝子、MGD2、MGD3の発現が強く誘導されることを明らかにした。T-DNA挿入変異体の脂質解析の結果、リン欠乏時に起こるガラクト脂質の増加には、特にMGD3が重要であることが分かった。根においてその重要性は顕著であり、mgd2mgd3二重変異体ではリン欠乏によるガラクト脂質の増加がほとんど見られなかった。二重変異体では、重量の減少、根の伸長阻害、子葉での光合成活性の減少が観察された。これらの表現型はリン欠乏時にのみ見られたことから、MDG2/3はリン欠乏時の糖脂質の増加に特異的に寄与していると考えられる。さらにこれらの結果は、リン欠乏時に見られる膜脂質の質的転換が実際に植物の生長に重要であることを示している。
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