幹細胞が正常に機能するためには、特殊な微小環境(ニッチ)における制御が不可欠とされる。しかし、多くの幹細胞系において、ニッチの構造と機能は未だ謎に包まれている。本研究の目的は、マウスの恒常的な精子形成を支えている幹細胞の挙動を制御する微小環境ニッチの実体を明らかにすることである。しかし、我々の研究(Dev.Cell 2007)を含む永年の研究があるものの、ほ乳類精子形成の真の幹細胞を組織内で細胞レベルで同定するには至っていない。そこで、当面の課題として、幹/前駆細胞を含む少数(それでも全精巣の1%以下)の細胞集団である「未分化型精原細胞」の精巣組織内でのふるまいを検討した。 「未分化型精原細胞」の精細管内でふるまいを、タイムラプス連続撮影および3次元立体再構成を用いて検討した(Science 2007)。その結果、未分化型精原細胞は、血管や男性ホルモン産生細胞に近い領域に局在し、分化に伴ってここを離れ、精細管全域に散らばってくことを初めて明らかにした。このことから、精巣のなかで血管に近接する領域がニッチとして機能することが明らかとなった。さらに、血管パターンの変化にあわせてニッチも再編成される事も示唆された。ほ乳類精巣のニッチは、ショウジョウバエ生殖幹細胞などで有名な、発生過程で厳密に作られ固定されたものとは異なる戦略で作られていることがわかった。 これは、精子形成に留まらず、幹細胞研究全般に新しい重要な概念を提唱する、幹細胞とそのニッチの実体を更に詳らかにする上で重要な研究成果である。
|