研究概要 |
最近、筆者らが単離可能な化学種として合成・構造決定したケイ素-ケイ素三重結合化合物「ジシリン」はトランス折れ曲がり構造を持ち、それ故に二つのπ軌道、二つのπ^*軌道は等価ではなく、エネルギー的にも縮重していない。さらに、ケイ素-ケイ素結合が炭素-炭素結合に比べて長いこと、炭素2p軌道よりケイ素3p軌道の空間的広がりの大きいことに起因して、ケイ素-ケイ素間のπ軌道準位は著しく高く、一方反結合性π^*軌道は著しく低い。そのため、ジシリンは炭素-炭素三重結合化合物とは異なる多種多様な反応性を示すと考えられる。本研究ではジシリンの還元反応について検討した。 ジシリンを配位性溶媒であるテトラヒドロフラン中、1当量のアルカリ金属(Li, Na)あるいはKC8を作用させると容易に1電子還元が進行し、対応するアニオンラジカル種を溶媒和分離イオン対として単離することに成功した。また、金属イオンに対する配位性の弱いトルエン中でもKC8による1電子還元が進行し、一方のspケイ素にカリウムイオンが結合した接触イオン対として得られ、両者の構造をX線結晶構造解析により決定した。ジシリンアニオンラジカルは、中性ジシリンと同様なトランス折れ曲がり構造を持ち、ケイ素-ケイ素三重結合部位の伸長、折れ曲がり角の縮小が認められた。ジシリンの最低非占有軌道は面内非対称π^*軌道であり、これに1電子を収容し、且つ軌道準位を下げて安定化することを反映した構造変化が引き起こされていることが示された。また、陰電荷がSi-Si三重結合部位に非局在化した電子状態を持つと結論され、溶液の電子スピン共鳴スペクトルの解析もこれを支持した。
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