遷移金属による水素分子の活性化は、無機化学や有機金属化学から酵素学に至る広い分野にわたる重要な研究課題となっており、特に水素分子がどのような様式で活性化されるのかは興味深い問題であり、多くの研究者の注目するところとなっている。鉄-鉄あるいは鉄-ニッケルがイオウともう1種類のヘテロ原子で架橋された活性サイトをもつ[FeFe]-および[FeNi]-ニトロゲナーゼ上では、水素はプロトンとヒドリドとにヘテロリティック開裂することが明らかにされている。このような酵素による水素の活性化に関連し、ルイス酸である遷移金属がルイス塩基であるヘテロ原子との間に結合を持つ系においては、これら2つの原子が水素分子の活性化に際して協同し、ヘテロリティック開裂を惹起するかどうかに興味が持たれる。本年度は、三核ルテニウムポリヒドリド錯体(Cp^*Ru)_3(μ-H)_3(μ_3-H)(1)とアンモニアとの反応で生成する三重架橋イミド錯体(Cp*Ru)_3(μ-H)_3(μ3-NH)(2)の水素化で、アンモニアの発生とともに錯体1が再生する際、水素分子はどのような様式で活性化され切断されるのかを重水素を用いた標識実験により明らかにした。三重架橋イミド錯体1と重水素との反応を^1HNMRで追跡し、新たに生成する架橋アミド錯体3に取り込まれた重水素の分布と量を解析した。その結果、重水素は分子面に関してイミド配位子とは逆の面から取り込まれ、ルテニウム中心に酸化的付加すること、すなわち水素のホモリティック界列が起こることが明らかになった。
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