複雑な電子状態を持つ、新規遷移金属錯体を取り上げて、理論・計算化学研究を行い、それらの構造、結合性、反応性および物性を分子論的に解明した。代表的な結果を以下に要約する。遷移金属錯体は多くの金属酵素の活性中心として重要な役割を果たしている。Fe(III)が酸素分子を活性化するという興味深いカテコール酸化酵素を取り上げ、酸素活性化過程を多参照理論のCASPT2法で検討した。スピン多重度は多くの可能性があるが、それらのなかで、六重項が最も安定であった。酸素分子がFe中心に接近する際のエネルギー変化をDFT法とCASPT2法で検討したが、DFT法では正しい変化を示すことが出来ず、CASPT2法で正しいエネルギー変化を示すことが出来た。また、酸素分子活性化過程では活性中心から酸素分子への電荷移動が起きるが、カテコールアニオンからFe(III)への電荷移動によりFe(II)種が生成し、そこから酸素分子への電荷移動が起きるのでなく、カテコールアニオンから直接、酸素分子に電荷移動が起きること、Fe(III)中心は酸素分子のπ*軌道を静電効果により安定化させ、電荷移動を促進させることを明らかにした。また、単核Fe(II)を持つヒドロゲナーゼ(Hmdと略称)の活性部位の構造は実験的に解明されていないが、DFT法でCOの伸縮振動、構造を精査し、これまで未知であった配位子を理論的に確定した。これは、従来の間違った提案を正しい結論に訂正したものと評価されている。さらに、Ni(O)錯体を触媒としたC-C結合活性化を含むアルキンのシアノ化反応の理論的研究を行い、触媒反応機構を解明すると共に、Ni触媒の作用機構の本質を解明した。
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