実在する分子系は、有限温度の条件下において周りの環境と相互作用していることが多く、必然的に分子系と周りの環境との間では熱的エネルギーの出入りや電子のやり取り(別の言葉で言えば電子エネルギーの散逸)が起こり得る。我々のグループでは特に電子のやり取りが起こる分子系、すなわち電子溜め(例えば電極や表面、溶媒等)と相互作用している分子系において引き起こされる量子多体系(電子・スピン・励起子)ダイナミックスの理論的解明を目標として研究を進めている。電子エネルギー散逸の効果を露に考慮に入れた量子多体系ダイナミックスの詳細は、理論的にも実験的にも十分に行われていないのが現状である。例えば多電子系の場合、電子相関や可干渉性等の量子多体系特有の問題が露骨に現れること、また一般的に電子が関わる現象は非常に短い時間スケールで起こること等が加わるため、散逸を含む多電子系ダイナミックスの理論的取り扱いは格段に難しくなる。本研究では、この複雑な散逸量子多体系ダイナミックスを理解するための理論構築とその理論に基づく数値計算方法の実在分子系への適用を目標としている。この研究課題には電子エネルギー散逸を取り込む問題と量子多体系ダイナミックスを記述する問題の2つが存在する。そこで我々は、各々の問題点に焦点を絞った課題を設定し、集中的に研究を進めた。先ず、表面吸着分子系の電子物性や電子ダイナミックスをミクロレベルで記述するために、電子エネルギーの散逸を考慮に入れた新しいクラスターモデル理論の開発を行った。この方法論では表面吸着原子系を有限サイズのクラスターで近似しているが、クラスターの端において適切な境界条件を課すことで半無限系であるはずの表面を正しく記述することに成功した。このモデルを使い、表面吸着原子系の電子物性を明らかにし、また電子移動速度を評価した。電子ダイナミックスの研究課題としては、リング状分子(Na_<10>及びC_6H_6)に対して円偏光レーザーパルス光を照射したときの電流発生のメカニズムとこの円電流発生に伴う磁気モーメントの誘起に関する理論的・数値計算的解明を行った。また、電子物性及び電子ダイナミックスと物質が持つ機能性やその制御との関係を調べることを目的として、金チオラートクラスターの電子物性の研究も行った。
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