水中に生成されるミセルの中でイオン性の両親媒性分子であるSDS分子から形成される球状ミセルに注目し、炭化水素分子が水中からミセルコア中心に取り込まれる可溶化反応の研究へと展開した。特に、前年度までに確立したミセルのシミュレーション技術に基づいて、熱力学積分法に基づく分子動力学計算を用いることにより自由エネルギー変化の計算に着手し、計算手法の有効性を確認した。 一方、溶液中のプロトン移動反応を念頭に置いて核の量子効果を扱える分子動力学シミュレーションの計算手法を確立した。本手法においては、量子古典混合系シミュレーションの枠組みの中で、化学反応の描像に基づいた量子運動方程式を導出し、速いデコヒーレンスというひとつの極限近似を適用した。これにより本手法を用いることで従来は考慮されてこなかった反応物と生成物の間の状態間デコヒーレンスが取り入れられ、現実系におけるより適切なトラジェクトリーを追跡することが可能となった。量子運動方程式については、電子励起状態が反応に重要な場合に有効な透熱表示に基づいた定式化を前年度までに提案してきたが、今年度は電子励起状態が反応に重要でない場合に有効な断熱表示に基づいた定式化を行った。実際の系は後者の電子励起状態が重要でない場合の方が多く存在し実用的である。断熱表示の量子運動方程式を用いたシミュレーション手法に対してモデル系による計算を行い、本手法に対する有効性が確認できた。これにより、溶液中のプロトン移動反応の計算を行うための方法論に対する基盤が形成された。
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