片鼻が詰まると嗅皮質は、それまでの同側の鼻からの入カ優位モードから対側の鼻からの入力優位モードに数分で切り替える。 前嗅核は嗅皮質の最も吻側部の領域であり、多くのニューロンは同側の鼻からも対側の鼻からも興奮性の入力をうける。我々は、前嗅覚の個々のニューロンから単一細胞記録をおこない、それぞれのニューロンでは、1)同側の鼻からの入力のほうが優位であり、対側の鼻からの入力よりも大きいこと、および2)同側の鼻からの入力のにおい分子選択性は、対側の鼻からの入力のおい分子選択性と非常に類似していること、を見出した。さらに、同側の鼻孔を片側性に閉じると、前嗅核のニューロンの約3割では、数分後という短い時間に、対側の鼻からの入力を増大させることを見出した。いいかえると、前嗅核ニューロンは、通常は主として同側の鼻からの情報を受け取るが、同側の鼻が詰まると、対側の鼻からの情報を受け取るモードへと数分でスイッチングすることが見出された。視覚系や聴覚系において片側の感覚器を遮断すると、大脳皮質感覚野の両側性ニューロンの対側入力への切り替わりがおこるが、それには数日の遮断が必要である。この急速な同側鼻入力情報処理モードから対側鼻入力情報処理モードへの切り替えにより、たとえ片鼻が詰まっても、嗅皮質ニューロンの一部は対側鼻からの入力に切り替え、外界のにおい情報をモニターし続けることができる(Kikutaら、J. Neurosci. 2008)。鼻詰まりによって生じる脳の内部状態の変化が、数分で嗅皮質ニューロンによる入力情報のスイッチングと結びつくという結果は、神経科学分野や耳鼻咽喉科分野における研究におおきなインパクトを与えた。
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