子どもたちの健やかな心の発達を保障していくためには、その発達過程において、いつ、どのような不適応的な精神症状や問題行動が、どのようなメカニズムで発現し、どういった介入(treatment)によってそれらを適切な方向に動かしてさらなる発達につなげていくことができるのかを科学的に解明していくことが必要である。子ども期を含め人の一生のなかで出現する多くの精神疾患や問題行動にはその発現要因として環境ストレスが深く関与しており、個体側の持つ素因的脆弱性(vulnerability)との交互作用によってそれぞれの発現危険性が増減する。とくに入園や入学、就職などの発達的移行期(developmental transition)にはどの子にも新しい環境への再適応が必要とされ、不適応的行動発現のリスク期と位置付けられる。本研究では、乳児期から成人前期に至るまでの各発達移行期-乳幼児期における家庭から保育所・幼稚園等の保育集団への移行、児童期から青年期における小学校・中学校・高等学校・大学への入学、青年期から成人前期における職業世界への移行-について各発達移行期を網羅する複数のコーホートサンプルを追跡して同一の発達精神病理学(developmental psychopathology)的な測定・分析パラダイムによって検討することにより、各移行期での環境要因と不適応発現の因果関係を同定し、リスクをより健やかな発達につなげるためにはどのような条件が必要なのかを子ども期全体を通じて明らかにすることを目的とする。 本研究では各発達移行期でのリスクに深く関わるテーマ(乳幼児期コーホート : 家庭内外での愛着関係と発達促進に関わる養育の質(care quality)、学齢期コーホート : 社会性および学力の発達と学校適応、青年期コーホート : 心理的自立とキャリア展望の発達)に沿って必要変数の測定を経年あるいは隔年のパネル調査によって実施していく。本研究で対象とする各コーホートサンプルについては3歳~20歳までのすべてのサンプル登録が完了しており、かつ各コーホート集団について数年~20年余の追跡データが蓄積している。したがって、基本的属性や不適応行動発現に関する先行要因(precursor)についてはすでにデータ収集されており、今回の申請期間においては発達移行期における問題発現とその防御プロセスに焦点化した広範囲な観測変数の測定を実現し、子ども期における発達移行のリスクとその適応的解決についての総合的な分析・考察をおこなっていく。また、学齢期コーホート(小学校4年生~高校3年生)は一卵性および二卵性の双生児サンプルであり、リスク期に発現する様々な精神症状や問題行動に及ぼす遺伝的要因と環境要因を識別することが可能であり、リスク回避や不適応の出現、および回復過程に及ぼす環境要因の役割についてより明確な結論を得ることを目的とする。
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