脳血管障害で意識が低下した要介護者では食事中に'誤嚥'が起こりやすい。介護の現場では、話しかける・体に触れる・口腔顔面領域を冷刺激する、などの前処置が行われている。我々はこの前処置が脳覚醒を促しているとの仮説のもとに本研究計画を策定した。高齢社会を迎え、寝たきり老人や脳血管障害の後遺症で摂食・嚥下機能に障害が現れるケースが増えている。これまでは胃瘻や経管的栄養摂取が主流であったが、人間らしく生きる権利を追求すると、患者さんにとって食物の経口摂取は当然の権利である。このような社会的要求から、嚥下を摂食機能の一環として研究する気運が高まっている。その中で、我々は生理学的な研究を推進し、嚥下誘発における末梢と上位脳の関係を明らかにしてきた。そして、摂食・嚥下は栄養摂取機能の一部であり、患者さんの食物に対する経験や、提示された食品の認知機構が嚥下反射にも大きく影響することも明らかになってきた。 一方、寝たきり者の中でも意識(覚醒)レベルの低下した要介護者は意志の疎通に支障がでるだけでなく、食事の安全確保に困難が生じ生命の危険も伴うため介護者にとっては大きな問題となっている。ヒトの脳を覚醒させる方法は種々提唱されているが、脳生理学的には感覚受容器を介して網様体賦活系を刺激すること、本能・情動の座である大脳辺縁系を活性化して自ら覚醒を引き起こすことなどが有効である。事実介護の現場では口腔内外をアイスマッサージすることや話しかけながら身体に触れることが行われ、それなりに効果を上げている。 このような社会問題を解決するため本研究では意識(覚醒)レベルの低下した要介護者に食事介助する際の前処置(声をかける、体に触れる、アイスマッサージをする)や食物による視覚・嗅覚的ならびに口腔内刺激が脳神経障害者や高齢に伴う認知障害者の覚醒を促す上で有効か否かを明らかにすることを目的として計画された。
|