武井と研究協力者の工藤は、パナマではベラクルス市、パナマシティ、およびクナジャラ自治県にてクナ人の、チリではサンチャゴ市でマプーチェ人の調査を実施した。パナマでは、クナ自治政府要人、クナ人専門職層、元聖職者、元基地労働者などからの聞き取りで、あるべきクナ人像と現実のギャップについて多様な見解が明らかになった。チリでは、マプーチェ人組織内で先住民法に規定された先住民・非先住民という差が生み出す葛藤とアイデンティティの揺れについて、多くの証言を得ると同時に、公立診療所におけるマプーチェ医療の展開が首都生まれの若年世代のアイデンティティに与えつつある影響について10代から70代までの多様な意見を聞くことができ、その一部について武井が論文を、工藤が口頭で発表を行った。北森は、ブラジル・リオデジャネイロ市の貧困地区の調査と平行して、リオデジャネイロ市立の、路上生活者の家族向け収容施設を訪問し、施設住人、住人の様々な問題に対処する中間的スタッフおよびカウンセラーや心理学者等の専門家スタッフ、3者それぞれの立場からの話しを通じて、貧困地区住民の生活とアイデンティティをめぐる、「実践知」と「専門知」に通底する問題と両者の間のズレを明らかにしつつある。研究協力者の内藤はサンチャゴ市内の低所得者居住区における住環境調査・家庭訪問を中心に、各自治体の地域課、プライマリヘルス担当課および地区診療所、貧困救済NGOの店舗・アンテナハウス・事務局の調査を実施した。貧困者をケアする第一次診療所での調査で、そこにくる人びとが構築する世界が、発言力の強い「外部」から負のイメージを受容しつづけ、そうして構築された「卑屈で、貧困を再生産して然るべき良からぬアイデンティティ」について、外部が、それを貧困者特有の「心性」として矯正を試みるため、貧困者たちは何重もの暴力を被る事態となっていることが明らかになってきた。
|