両眼視機能を持つ霊長類が、3次元空間をゆっくり動く対象物からの視覚情報を適切に取り込むためには、前額面の視標追跡運動である滑動性眼球運動と、奥行き方向の視標追跡運動である輻輳開散運動信号の協調が必須であるが、これらは異なる脳内経路を経由する異なる眼球運動システムとして説明されてきた。本研究代表者はこの定説に反し、前頭眼野が前額面と奥行き方向の視標跡眼球運動信号を線形加算した3次元性の追跡眼球運動信号を再現することを始めて明らかにした(Fukushimaら2002)。3次元性の追跡信号が下降経路のどこで、どのようにして前額面と奥行き方向の視標追跡信号に変換されるかを理解するため本研究は、小脳背側虫部追跡眼球運動関連プルキンエ細胞の応答特性を、訓練したニホンサルを用いて調べた。視標追跡眼球運動に応答した100個のプルキンエ細胞のうち、17%は前額面のみ、43%は奥行き方向のみ、残りの40%は前額面と奥行き方向の両視標追跡眼球運動に応答した。奥行き方向に応答したプルキンエ細胞の大多数(80%)は、輻輳開散眼球運動の速度成分と位置成分(輻輳角)の両方に応答した。これらのなかで、輻輳眼球運動に応答したプルキンエ細胞の方が、開散眼球運動に応答したプルキンエ細胞よりも有意に多かった。また、静止視標の固視中に別のスポットを奥行き方向に動かすと、それに対する視覚応答が、34%のプルキンエ細胞に認められ、その最適応答方向は、輻輳開散運動の最適方向とほぼ一致した。奥行き方向にステップ上に視標を動かして輻輳開散運動により追跡させたときのプルキンエ細胞応答と眼球運動を比較してそれらの応答潜時を調べると、73%のプルキンエ細胞は、眼球運動の開始に先行して応答した。以上の結果は、小脳背側虫部が前頭眼野同様に、3次元性の視標追跡眼球運動信号を再現し、輻輳開散運動の開始に関わることを示唆する。
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