本研究は、元・王禎『農書』「農器図譜」の、現在望みうる最良の訳注をつくることを目的とする。王禎『農書』は農業に関する総合的技術書であり、「農桑通訣」「農器図譜」「穀譜」の三部からなる。本研究では、このうちとくに精華が集約された「農器図譜」を取り上げる。「農器図譜」は、農具や農業機械だけでなく、養蚕、紡績や田制、什器から、農業に関連する祭祀習俗、家屋、印刷術にまでいたる繁多な内容を、項目をたてて具体的内容を説明し、挿図を付している。このように、生活に関して多岐にわたる内容を記述する「農器図譜」を検討することにより、科学技術史分野のなかでは研究の立ち後れている、当時の生活科学技術への理解を深めることができるだけでなく、訳注として発表することで、関連する諸分野にとっても益するところが大きいと期待される。また既存の『農書』研究では、農具・農法に関する技術的説明の文章を訳出することが最大の目的とされてきたが、『農書』「農器図譜」の大きな特徴の一つである全体的論旨の結論としての詩文の解釈や、農具に対する機械工学的検討はほとんどなされてこなかった。本研究では特に、従来の研究に致命的に欠けているこれらの点を補うため、農業史、科学技術史の研究者のほか、中国文学、農業機械工学の専門家の協力を得て、訳注の検討をおこなう。
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