本研究では、細胞増殖のマーカーとして細胞生物学、医学等の分野に汎用されているプロモデオキシウリジン(BrdU)を、海洋微生物自然群集の増殖応答解析に利用する独自のアプローチ「ヌクレオシドトレーサー法」よって、海洋における炭酸ガスやジメチルサルファイド(DMS)といった気候関連ガスの動態に、強い影響を及ぼす微生物鍵種を特定し、最新の分子微生物生態学的手法を駆使して、その動態を解析することを目的とした。 (1)太平洋の極域から赤道まで広範囲にわたる海域で、海水中から直接抽出した微生物由来のDNAに含まれる16SrRNA遺伝子の多様性とその変動パターンの解析を行った。遺伝子フィンガープリント法によって、多様性の南北変動パターンを明らかにすると共に、超並列シーケンスと呼ばれる新しい遺伝子解析技術を用いて、20万個にも及ぶ大量の16SrRNA遺伝子断片の配列を決定し、数千の異なる遺伝子タイプを特定することに成功した。また、ヌクレオシドトレーサー法を組み合わせ、海域毎に活発に増殖している微生物いわゆる鍵種の遺伝子タイプを特定した。これらのデータは、赤道域、亜熱帯域、亜寒帯域、極域といった特徴的な海域において、海洋微生物の多様性とそのダイナミクスを網羅的に明らかにした初めての知見であり、同時に調査された様々な環境パラメータを合わせて解析することによって、微生物の多様性が生態系の安定性や復元性に果たす役割を理解する上での大きな飛躍が期待される。 (2)南大洋における調査航海に乗船し、自然細菌群集を含む海水へのDMSPの添加実験を行い、DMSP代謝関連細菌種を特定するための解析を行っている。また、光合成活性中心蛋白をコードする遺伝子(pufM)を用いたリアルタイムPCR法により、南太平洋における好気性光合成細菌の南北分布を明らかにした。さらに、相模湾、サロマ湖におけるBrdU標識試料を用いた解析により、これらの細菌群の増殖を制御する環境要因に関する基礎的な知見を得ることが出来た。
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