研究概要 |
日本,インドネシア,スリランカの3力国でダム開発に係る住民移転について調査を行った。日本では,1952年に建設計画が正式発表され,1953年に住民移転の補償交渉が妥結した静岡県井川ダムにより移転した住民の生活調査を行った。金銭補償を原則とする国の補償要綱策定前の事例であり,西山平という代替地による補償が行われた日本では珍しい事例である。西山平に在住する24世帯中9世帯にインタビュー調査を実施した。当初計画では,西山平は米作りを中心とする「新しい村づくり」が目指されたが,社会情勢の変化に伴い,その目論見は成功しなかった。しかし,村人は移転により道路が整備されて生活が便利になることで,移転には満足していた。 インドネシアでは,円借款でスラウェシ島に整備されたビリビリダムによる移転住民のインタビュー調査を行なった。1949世帯がダム近傍に移転し,591世帯がスラウェシ島中北部の遠隔地にある国の移転政策に基づいて開拓された村落に移転した。両者の移転地において,住民の生活状況はおおむね改善されている。しかし,後者に移転した住民の相当数が,移転後数年でダム近傍に帰ってきている。これは,移転先での生活再建失敗によるものではなく,移転先で十分な資金を蓄えた上で,故郷であるダム近傍に戻る住民が多いためである。 スリランカでは1985年に完成したコトマレダムによる移転住人の250世帯を対象に,インタビュー調査を行った。インドネシア同様,ダム近傍と国家政策により開発された遠隔の農地のいずれかを農民が選択して移転した。住民は移転後の生活におおむね満足しているが,満足度に大きな影響を及ぼしてしいるのは,子供の教育と将来世代の土地所有の確実性であることであった。
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